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Art Award IN THE CUBE 2017 @ 岐阜県美術館

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ふらっと行ってきました,Art Award IN THE CUBE @ 岐阜県美術館.
art-award-gifu.jp
審査員には(私が勝手に)同士だと思っている高橋源一郎さんや
日々,折々の言葉で(勝手に)お世話になっている鷲田清一さん,
初年次演習ではかつて(勝手に)アレンジして遊んだことで(勝手に)お世話になった
逆シミュレーション音楽の三輪眞弘さんがいることも気になって行ってみた.
tokidoki.hatenablog.jp

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応募者らはこの与えられたCUBEの中に作品を作るという寸法で,何でも今年が最初の試みとのこと.
古い世代はCUBEというとあの映画を思い出すのだけどね.

CUBEキューブ Blu-ray

CUBEキューブ Blu-ray

では,中を見ていこう.
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三枝 愛「庭のほつれ」/O JUN賞.
美術館庭にぽつんと建てられたCUBE.何があるかと覗くところんと木が転がってる.
東日本大震災からシイタケ農家に必要な原木が不足したこと,
それによって生活の風景が一変したこと.
情報の激流によって薄皮でしか物を考えなくなった社会で,
敢えて考えるために立ち止まる人たち.
現代アートとはそういった人たちが居る場所でもあるのだよね.

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安野 太郎「THE MAUSOLEUM ー大霊廟ー」/高橋源一郎賞.
館内に入ると何やら不協和音がブーブカブーブカ聞こえてくる.
その発生源がこれ.大小さまざまなリコーダーがポンプから送られる空気で鳴っている.
人類滅亡後,永遠に弔いを続けるロボットという想定らしい.
しかし,こんなデカいリコーダーもあるんだなぁ,と別の角度で感心.

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柴山 豊尚「ニョッキ(如木)2017」/十一代大樋長左衛門賞.
板を重ねてそれを削ってできた,どこか別の惑星の景色のような空間.
この中で寝そべって想像すると楽しそうだ.

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森 貞人「Mimesis Insect Cube」/中原 浩大賞.
ワサワサワサッとガラクタで作られたたくさんの昆虫.「ガラクタ虫」と呼んでるそうだ.
使い古された道具たちがこうして虫として生まれ変わった.
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で,ひょいと目をやると何やら人の下半身が上の方で垂れ下がってる!
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何々と中を覗くと人が倒れてる,っていうか手がカタツムリ!
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耳のないマウス「移動する主体 (カタツムリ)」/三輪 眞弘賞.
小さな子が見たら夢に出てきそうな作品.これちょっとずつ動いてるんだ.
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壁に貼りついてるヒトの指先だって,カタツムリの目のように動いてた.
こう,こっちに寄って来るとうわ~ん,てなるよ↓
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あぁ,あれだ,ヒトがどんどんカタツムリになっていく
伊藤 潤二のマンガ「うずまき」を思い出したよ.

うずまき (2) (スピリッツ怪奇コミックス)

うずまき (2) (スピリッツ怪奇コミックス)

ちょっと落ち着こか.
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宮原 嵩広「Missing matter」.
CUBE全体に敷き詰められた「アスファルト」,ただそれだけだ.
確かにアスファルトのニオイが充満して余りそこに立っていたくない感じだった.
やがて枯渇する化石燃料,大木や自然に感じる神性と同じ思いを
アスファルトに抱く時代がくるかもしれない,ってなことらしい.

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三木 陽子「Conduit(導管)」.
そのとき全く分からなかったのだけどあとから調べたら陶芸作品とのこと.
建物の裏側なんかにありそうな導管なんだけど,これが蔓のように壁にまつわりつき,
したたかな生き物の様でもあり,
あぁ,うちの庭の草取りしなきゃなぁ,なんて思ったり.

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松本 和子「透明の対話」.
どこか懐かしい感じはフレスコ画という表現方法にあるのだろうか.
朝の透明さがなんだか涼しかったりした.

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ミルク倉庫+ココナッツ「cranky wordy things」/大賞.
寝言を言っている人の動画やら,突然音を立てるガンガンやら,
勝手にくるくる回り続ける机の上の小物.
その場は直ぐに立ち去ったが,家に帰ってから解説を読んだ.

物質という有限性を凌駕する何かしらに憑かれ、一時の『身体』がたち現れる

ああ,なるほど,だから何だかオカルティックだったのか.
そういえばケン・ウィルバーの「空像としての世界」を読んだとき,
僕らって要するに精神の受信機なんだ,と思ったのだっけ.
そう,僕らの身体はいつか土に還るまでの借り物なんだってことさ.

空像としての世界―ホログラフィをパラダイムとして (1984年)

空像としての世界―ホログラフィをパラダイムとして (1984年)

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谷本 真理「この部屋とダンス」/田中 泯賞.
一見,現代アートにしばしばありがちなダダイズム的な何か,かと部屋を覗く.
田中 泯賞を取ったとのこと,そしてタイトルには「ダンス」.
あれ,確かに部屋の落書きは何か躍った後のような,全てのものが躍動しているような.
できればタイトル見ないでそれを感じ取りたかった.ちょいと悔しいような.

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中村 潤「縫いの造形」.
CUBE全体が「縫う」という行為を表現していた.
ああ,できればその「縫う」行為の中に埋もれてみたかったかもしれない.

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堀川 すなお「モノについて」.
実は入ったところに中が見えない箱が二つ置いてあり,
そこに手を入れて入っているものの様子を感じて,それから作品を見ると面白い.
子どもたちに同じことをしてもらって,感じたことを言葉にして,
その情報を元に再びデザインするといった行為が展開されていた.
とはいえ,かなりデザインが繊細で美しかったため,
だから子どもの言葉とどれくらい対話が行われて描かれたのだろうか,
と,かえって訝ってしまう自分がいた.

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水無瀬 翔「DEMO DEPO イン・ザ・キューブ支店」/鷲田 清一賞.
後でじっくり解説を読んで,なるほど鷲田さんが選びそうな話だ,と思った.
ほら,例えば本来家庭が受け持っていた躾を始めとする様々な役割を
今どきの人たちは学校にアウトソーシングしているでしょ.
そのくせきちんと行われていないと学校を非難するでしょ?

この作品,本来どうしても社会に主張すべきことがあって
それを社会に知ってもらうために行うはずの「デモという行為」をアウトソーシングする,
っていうブラックジョークなわけだ.
しかもデモするのは人間ではなくロボット.
分業化が徹底的に進んで一生の営みがどんどんアウトソーシング化して,
果たして僕らのどこに僕らの人生があるんだろうね.
気付けばYahoo!知恵袋に課題の質問をする学生達ってのは,
学習自体もアウトソーシングしているわけで,
そんな風に上澄み液だけ啜って終わる人生って,楽しいのかね.

↓アハアハアハ,っていう機械的な笑いもアウトソーシングですか.
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さてさて,しかしこの日をわざわざ選んで岐阜県美まで行った理由,それがこの作品↓
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平野 真美「蘇生するユニコーン」.
この作品,ただのぬいぐるみではない.
架空の動物であるユニコーンを解剖学的見地を元に,
骨格から内臓,筋肉,表皮まで全てを実際に作ってあるのだ.
かつ,作家さん当人の話によれば口から肛門まできちんと一続きの仕組みにしてあり,
心臓も心房心室を作って外部からの「輸血」によって循環するように作り込み,
また口に伸びる管からは空気が送り込まれ,
それは確かに「肺」にとどけられているとのこと.
いや,実際胸のあたり,静かに上下しているのだ.
岐阜大獣医学科に足を運び獣医から学び,リアリティーを追及したとのこと.
本当は解剖にも立ち会う予定だったそうだが,
鳥インフルエンザ騒ぎで獣医学科がてんやわんやで話が流れてしまったのだそうだ.

しかし今回,その平野さんが会場に現れ「胃の交換手術」を行うのである.
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↓赤いのが,交換前の「胃」.
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ラテックス製の胃は随分と弾力性があった.
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↓うわぁ,随分と大胆に胃を押し込んでいくよ.
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↓右の黄色いのは取り出された方の胃.素材が違うのだそうだ.
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手術の最後までは見届けなかったのだけど.
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こうして思うのは,モノを一生懸命作る人というのは,やはり美しいということ.
ってお前,何を撮りに行ってるんだよ,というツッコミは無しの方向で.
いずれもILCE-6000+(SEL1670ZF4.0,SEL30F3.5Macro), Lightroomにて現像

おっと,そうそう,もちろん帰りの電車では高橋源一郎さんの本を読んでたよ.

丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2 (朝日新書)

丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2 (朝日新書)

実質日本会議である改憲勢力が2/3を超え維新を含めた大政翼賛会化してしまった国会と,
そしてその日暮らしのごく身の回りのことしか関心を持たない
羊よりも大人しい多数の同調主義者たち(これを「羊たちの沈没」という).
ひとたびこの国でテロが起これば,
あっという間に九条の精神は不安と怒りに呑みこまれてしまうだろうし,
それにかこつけて「個人」を「人間という動物」へと格下げする,
小学生の読書感想文にも劣る,しょーもない日本会議草案に流れてしまうのだろうな.
何てことあんまり書いていると,現代版治安維持法(テロ等準備罪)に引っかかったりして.
あたらしい憲法草案のはなし

あたらしい憲法草案のはなし

  • 作者: 自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
  • 出版社/メーカー: 太郎次郎社エディタス
  • 発売日: 2016/07/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログ (5件) を見る

動機づけの内在化への挑戦―その後―

2年前に同じようなタイトルでエントリーしたのだけど,
今年度のScratch作品の紹介をここでしておこうと思った.
tokidoki.hatenablog.jp

この数年,何をしても反応が薄くなっていくので
今年度はもうどうなるものかと思ったが,意外にも高度な作品が生まれていた.
最終課題は例によってクローンか配列が使われていればOKの自由題.
それ以前の課題にも素晴らしいものが多くあったのだが,
今回は最終課題のみから抜粋,早速紹介しよう.
おっと,多くがgifアニメだから重いよ.



【数理部門】
256-14final
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小学低学年向けの算数教材.
一桁の引き算について「求残」と「求差」の二通りの考え方で説明している.
地味なんだけどよく見ると細かい様々な配慮がなされていた.

303-14final
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油分け算として知られる算数の問題を試行錯誤できる作品.
コップに入っているジュースの量をどう表現するのかと思ったが,
各量に対するコスチュームを作って対応していた.

【ゲーム部門A―アクション系】
初めにスタンダードではあるのだけど,かなり手をかけたと思われるシューティングゲームから.
272-14final

多彩な敵や弾の軌跡,多数のステージ等々,スタンダードではあるけれど十分に手がかけられていた.

306-14final
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様々な点で高度なプログラミングが成されていた作品.
なにしろ,説明文からして配列に入っているセリフから一文字ずつ表示させていく仕組みとなっていて,
そこだけでも十分な工夫になっている.重力のあるジャンプ系ゲームで進行するのだが,
そしてゲーム自体,自分にはとてもクリアーできない難しさだったのでデモではインチキしまくり.

【ゲーム部門B―謎解き型】
627-14final
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いわゆるパズルを解いて脱出する脱出ゲーム.
謎解きに使われた謎たちもさることながら,
カギ番号の入力方法や若干マルチエンディングになっているところなど,
よく考えられていた.

242-14final
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ミステリー仕立ての謎解きゲーム.
セリフを配列に入れ,登場人物によらないシステマティックなセリフ表示法とか,
プレイ時間が長くなることを配慮した「途中でセーブ」できるシステムとか,
犯人を捕まえるシーンではアクションゲームになったりだとか,
ストーリー性の高い作品となった.

【ゲーム部門C―パズル系】

275-14final
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いわゆるポーカー.実は2ペアを判定してくれない,とか色々不備はあるのだけど,
時間があればきちんと判定できるものになったであろう.
カードを扱うには配列の上で様々な置換計算が必要となる.
幸いコスチューム番号を使えたからこのあたりの発想がしやすかったのだろう.

295-14final
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神経衰弱.ただしコンピュータとの対戦型で,難易度も指定できる.
はて,どうやってコンピュータの難易度を決めたのだろうと見てみると,
どの程度カードを検索させるか,その範囲と確率で決めていた.
なお,カオスモードは一度でも間違えると全部カードが取られてしまう,無理ゲーになっている.

297-14final
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テトリス.Scratchの場合,ブロックの種類だけスプライトを用意しておいて
それを通常通り移動させると思うのだが,これはそういう作りではない.
いわゆる2次元配列のドット絵としてブロックを作り,
配列要素の入れ替えによって移動をする,というものだ.
なるほど,一列揃ったかどうか,こちらのほうが判定しやすいもんね.

294-14final
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ターン制のゲーム.次第に増えるモンスターに対して如何に複数からの攻撃を避けながら攻撃するか,
その移動方法に知恵を使うパズルゲーム.

288-14final
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言わずと知れたパズ◯ラなのだが,これをまさかScratchで作るとは思わなかった.
もちろん毎度色の判定と検索をしているので動作が遅くなるのは仕方ないのだが,
アイディアの地道な組み合わせでこんなものが作れてしまうわけだ.
「俺の知ってるScratchじゃねぇ」感たっぷりの,今年度最も驚いた作品である.

砂の果実 ― 結局,僕らは何を教えているのだろう ―

そういえば昨年の秋,京都教育大学の谷口和成先生を招いて
アクティブラーニングの授業実践のFDが行われた.
www.aichi-edu.ac.jp
大学教員と同数程度の学生も参加していたという,なかなか珍しいFDだったのだが,
近年に無く鮮やかなショックを与えてくれたので記録しておこうと思った.
しかし何しろ半年前のこと,ショックだけは残っているものの内容はすっかりうろ覚え,
関係論文を見ながら再現してみよう,あの砂を噛むような感覚を.



今回の内容は中学レベルの直列・並列回路に関する「誤概念」を素材に
講義の中で「主体的・対話的な学び」を引き起す,
一つの具体的提示を行ったものだった.
ci.nii.ac.jp
中学校電気分野における電位概念の導入と学習教材の開発

クリッカーやらタブレットやらIT機器を利用して
対話的に全員参加を促す仕組みについては諸論あるところだろうが,
そういったことがショックだったわけではない.
参加学生はもちろん教員養成大学の学生であり,しかも理系が半数ぐらいいたはずだ.
そしてテーマは中学校の直列・並列.
中にはあと半年もすれば現場で実際に理科を教える者もいただろう.

講義の入り口は電圧・電流・抵抗の関係を思い出すところから.
そもそも抵抗ってなんだっけ?的な質問から始まった(のだっけ?)
「他の説明は?」と,できるだけ多様な言い方を学生らにしてもらう.
そうして出てくる答え方の数,言葉の種類から
その事象についてどこまで分かっているか,が見えるとともに,
中には間違った理解「誤概念」が現れてくることもある.
そうそう,この「誤概念」を一つのツールとして利用するのはオオアリだなぁ,
とそのとき思ったのだった.比較的多くの学生が間違って理解していること,
それをネタに学生同士で議論させると自然に対話的・主体的な学びになりやすい.
「よく分かっているつもり」だったことが違っていたら必死になるだろうし,
あるいはこの議論の中で,なぜ相手がそういう誤解をするのだろうか,
どう考えるとそういった誤答になるのか,という想像力は
まさに教員として現場に立つ者達にとって最重要な力だろうと思うわけだ.

そんなこんなで電流・電圧・抵抗を思い出させ,
対話的に電流と電圧の関係のグラフをタブレットに描かせて
結果一覧をスクリーンに映したりしていた(のだっけ?)
何にしても少し時間を掛けて電圧と電流の比例関係であるオームの法則
   E=IR
に落ち着くところまで進む.
つまりこうして一度きちんと準備しておいたのである.
このとき確か「抵抗とは電流の流れにくさを表す」という言葉を
受講者側から引き出していたと記憶している.

さて問題はここからだ.
(学生の反応が問題だ,と言いたかったのだが,
 こちらも提示された問題がどんなものだったか再現できなくなっていることに
 こうして書きながら気付いたので二重の意味で問題なのだ.)

電球(それは抵抗の一種)のある適当な回路を見せて
直列か並列かを議論する場があり,アヤシイ解答をするグループがあったものの
まだ頷ける範囲の間違え方だった(ように記憶している).
ただ,どの問いに対しても学生の解答を一覧で示し学生同士で議論させるのみで,
正解を言う,といった場面はあえて作っていなかった.
そして同等な電球の並列つなぎは同じ明るさだったよね,といったことを復習してから,
「誤概念」が最もよくあらわれる問題を提示した.
A,B,Cの豆電球を明るい順に並べよ(ただこの問題は後付け.もっと違った気がする).
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きっと習いたての中学生なら高確率で正解を言う問題(のはず)だ.
(もちろん乾電池と電球はどれも同等だとする.)

さてすぐに映し出される解答の集計を見ると,これがかなりばらつくことが分かる.
そこでそれぞれのグループにそう考えた理由を尋ねると,
見事に「誤概念」に基づく説明が出てくる.
いわゆる教科書にも援用されている水流モデルを用いて
枝分かれがあるような並列つなぎでは「電流が分かれるので」
並列つなぎでは電球が暗くなる,というものだ(実際はA=C>Bとなる).
もちろんその講義では正解を示す,などといった野暮なことはしない.

では自分の考えが正しいことを周りに説明し説得しよう,という時間が設けられる.
先ほど私たちは電圧と電流の比例関係
   E=IR
を確認したところだったね,と付け加えて.
やがて各グループからそれぞれの説明が発言されるのだが,
そこからはこの水流モデルに基づく誤解がかなり強力なのだということが窺える.
おっと,忘れてはいけないのはこの場には物理専攻を中心とする理系がかなり居たこと.
にも拘らず,元となる関係 E=IR に基づいた説明がなかなかなされない.
(もうこの時点で理科の先生方は学生らの反応を見て頭を抱えていたのだが.)
そして私が,そしておそらくそこに居られた理系の先生方全てが,
最もショックを受ける瞬間が訪れたのだった.

或る理系グループから
「並列回路の合成抵抗を計算するとAの抵抗の半分になるので,全体の電流はAの2倍になり,
それが枝分かれするので電球Cに流れる電流はAに流れる電流と等しく,だから同じ明るさになる」

といった説明が出る.この時点で理系教員全員が
「いやいやいや,そうではなくって」というツッコミを内心でしていた矢先に,
頭を抱えるある数学の学生.
「お,君は今なぜ頭を抱えた?」と谷口氏が尋ねると,
「合成抵抗という考え方をすっかり忘れていたことにショックを受けました.」
との返答.もう,ここにきて我々教員,全員ツッコんでいた.
「そこかよ!」

「え,合成抵抗の考えを使って答えて何がいけないの?」
と思う学生もいることだろう.説明が間違っているわけではない.
だが,概念を十分理解した上での解答だとはとても思えない.
たとえて言うならこの解答は,「2^33^2ではどちらが大きいか」という問いに,
「それぞれの常用対数を取ると
\log_{10}2^3=3\log_{10}2\fallingdotseq3\times0.3010=0.9030
\log_{10}3^2=2\log_{10}3\fallingdotseq2\times0.4771=0.9542となり,
\log_{10}2^3<\log_{10}3^2が分かるから2^3<3^2である.」
と答えているようなものなのだ.
そんなことせずとも,直接2^3=8<9=3^2が分かるよね?
つまり,電球A,Cいずれも乾電池一つ分の電圧がかかっていること,
そしてオームの法則に従って同じ量の電流が流れていることさえ分かれば良いわけだ.
先ほどの合成抵抗の考えはこの「同じ電圧がかかる」という事実から導かれることであり,
だから合成抵抗を使って答えるのは本末転倒なのだ.

常用対数を使った2^33^2の比較が滑稽だと皆が感じるのは,
2^3=2\times2\times2,3^2=3\times3 だということが十分分かっているからに他ならない.
100歩譲って少なくとも教員養成大学の理系学生なら「合成抵抗による解答」が滑稽だ,
と思えるぐらいにオームの法則を身につけているものだと思っていたのだったが,
もしかすると答えた学生も頭を抱えた学生も「すごい解答だ!」と思っているかもしれない.

講演者を含め,微妙な空気に教員全体が包まれてやがてFDは終わった.

このFDでも経験したことなのだが,どうやら「理解する」という意味自体が,
この数年で我々教員世代と学生世代で急速に違ってきているように思えてならない.
つまり学生にとっての理解とは「念仏を正しく唱えられること」のようなのである.
彼らにとってその念仏が意味するところはあまり重要でないようなのだ.


19世紀末,足し算のできる馬「賢馬ハンス」というのが世間を騒がせたそうだ.
賢馬ハンス - Wikipedia
足し算の問題を出すと,その答えの分だけ蹄で地面を叩くというのだ.
もちろん,この馬は足し算を「理解している」わけではなく,
聴衆の期待を敏感に感じて,つまり「その場の空気を巧みに読んで」反応していたに過ぎない.
聴衆はそれを見て「すごいすごい」と褒め称やしたわけだ.
しかしハンスは自分の行っていること,つまり足し算の概念を永遠に知ることは無い.
彼にとって出題者の表情の微妙な変化を読み取ることが目的の全てだからだ.


思えばセンター試験に代表される穴埋め式,選択肢式ペーパーテストといったものは
この「賢馬ハンス」を大量生産しやすい仕組みだった.
大量に過去問を収集し大量にこなせばある程度のパフォーマンスが出せる仕組みだから,
世代を経て次第にこうしたテストへの「お勉強の最適化」が行われてきたことは,
今振り返るとごく当たり前の結果だった.
当然我々教員世代もこのテストへ特化した勉強といったものを経験している.
けれども多くの私たちは「今はテスト特化モード」という意識を持って対応していたと思う.
つまりテストとは無関係の学びの形も心の中には同時に維持していたのだ.
どこかしら「たかがテストごとき社会システムに我々の知性が侵されてなるものか」
といった意地もあった気もする.
そこには「知」へのはるかな憧憬とある種の畏怖の念も存在していた.
子ども心にもそんな風に「知」に対峙できる十分な時間のあった幸せな時代だった,
ということなのかもしれない.

この国は貧しくなった.
経済的にも心理的にも,そして知性の点でも.
あるいは,時間的に貧しくなった,と言ってもいい.

3/8の朝日新聞の読者投稿欄に「読書はしないといけないの?」という,
教育学部の学生の投稿があった.
その主旨は,これまで読書をしてこなかったが特に困ることもなく,
読書が生きる上での糧になることもなく,生きる上で特段必要でもない.
だから楽器やスポーツと同じく趣味の問題なのではないか,というものだった.
「お勉強最適化」ここに極まれり,といったところだ.
www.asahi.com
(けれどこれは他人事ではなく,当大学でも本を読まない,
 正確には「読めない」学生が多い.そんな彼らもやがて教育現場に向かうわけだ.)

読書をしないことがいけないとか,お勉強最適化がいけないとか
そんなことはどれだけ言ったところで糠に釘である.
そもそもそんなことは言われて変えられるようなものではない.
けれど曲がりなりにも知性あるいは「知」に関わることになる教育学部の学生である.
この先も外発的な理由によってしか自分自身の知性に関わろうとしない態度のままで,
果たしてどれだけ子どもの知性の働きに気付けるだろうか?
どれほど真面に子どもの知性に向き合えるのだろうか?

外発的な「最適化されたお勉強」と内発的な手探りで泥臭い知の探究の対比.
それはちょうど道徳と倫理について平易な言葉で説いた池田晶子さんの言葉に似ている.

『悪いことはしてはいけないからしない』,これは道徳であり,
『悪いことはしたくないからしない』,これが倫理である.
『善いことはしなければいけないからする』,これが道徳であり,
『善いことをしたいからする』,これが倫理である.
                   池田晶子「私とは何か」

試験に最適化されたお勉強が学びの全てとなっている今の多くの学生に,
私たちは果たして何を伝えられるのだろうか.
明治開国以来,近代化を目指し直走ったこの国が行き着いた場所.
結局私たちが得たものは,砂の果実だったのだろうか.

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砂の果実

砂の果実

私とは何か さて死んだのは誰なのか

私とは何か さて死んだのは誰なのか

「森のDNA」展@ヤマザキマザック美術館

ようやく休みが取れたので,行ってきた.
新栄にこんな美術館があるの知らなかったね.
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森下友奈さんのアニメーション.
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吉田達彦さんの陶.
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鈴木春香さんの切り抜き.
幾何学的な細かい模様を切り抜いて幾層か重ねた作品.
コケ類の写真を撮ってるとこんな世界に浸れる.
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今尾泰三さんのミクスドメディア作品.
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河合真維さんの水彩.童話の挿絵のような.
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ここまでは県の芸大の若手芸術家たちの作品.

そしてこの美術館の成り立ちは,フランス美術を蒐集しはじめたことによるらしく,
アール・ヌーヴォーの家具やガラス作品が多数あった.
中でもエミール・ガレのものが沢山.
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いずれもILCE-6000+Sony E 35mm f1.8, Lightroomにて現像

もう一階上がると,18世紀から20世紀にかけての絵画が多数.けれどこちらはあえて撮らず.
ロダンの彫刻も幾つかあった.
正直なところ,これまでロダンが分からなかったのだけど,
技巧ではない,存在の重力ってものを初めて感じたのは一つの収穫だった.

束の間の開放,旅立ち

今年も年中行事の一大イベントである卒論発表会が終わった.
年々こちらの危機意識と学生の意識の乖離が大きくなってきて,
送り出す側としては何とも隔靴掻痒の感甚だしく,
真夜中に目が覚めてしまうこともしばしばだったが(まぁ毎年のことだ),
ゼミ生も最後の最後に帳尻合わせしてきて何とか辿り着いた.で,今年度の作品↓
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「得られることができます」とか「はしらとチュウ(柱)」とか
ほっとけばいつまでもしゃべりそうな漫談家とか,
ほっとくと雪山に行ってしまう少女とか,いや,少年もだった,とか,
それに当日,発表していて楽しくなって発表を延長しちゃうだとか,
振り返るととてもユニークな仲間たちだった.
これくらい仲の良い雰囲気で発表を迎えられたのは久しぶりだ.
さてその集大成である卒論は↓
2016年度卒業生卒論
これまでの全ての卒論一覧は↓
卒論一覧(2006~2016)



夜は3年ゼミと合同で打ち上げ.
前回しかるべき理由によってワイン6本セットをもらったのに続き,今回はワイングラス.
そうなんだ,最近果実風味の高い日本酒をワイングラスで飲む,ってのにちょっとハマってて
口の広いワイングラスを買おうかなぁ,と思ってたところ,まさに最適タイミングの数理.
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tokidoki.hatenablog.jp
明日から皆さん,国内・国外へ,っすね.気を付けて.


さてひとつ,発表を通して改めて実感したのは,
本人が(たとえ泣きながらでも)手を動かし経験したこと,というのは
どう揺さぶられても耐えられる,ということだった.
逆に付け焼きなものは直ぐに剥がれるということでもある.
今年度は出動しなくても良いだろうと思っていた「小人さん」,
想定外に出動が多かったのは大学各種委員会でゼミに十分な時間がかけられなかったこと,
やはりこれが大きい.
気を抜くと数学から逃げ出してしまう学生らに,
少ない時間でも数学を実感を持って体験させる方法,ないものかなぁ...
と,ぼや~っと考えながら藤原由紀乃のゴールドベルク変奏曲を聴く,束の間の開放.
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藤原さんのChopinのエチュード,丁寧な表現が気に入ってBachも買ったのだった.

ショパン:エチュード全集

ショパン:エチュード全集

バッハ:ゴールドベルグ変奏曲

バッハ:ゴールドベルグ変奏曲