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やっぱ,くやしぃんだよなぁ

何がって,絶対音感が無いこと.
今年も絶対音感のあるゼミ生がいて,
聴いた音楽を片っ端から譜面に拾っていく姿見てると,
んんっ,もぅっっ!ってなる.


あの能力の仕組みはまだまだよく分からないことが多いらしく,
諸説あるようなんだけど,
幼少時にきちんと訓練を受けないと大人になってからでは手遅れ,
というのが一般に言われている.
中には,特に訓練せずとも先天的に身についていることもあるらしい.
実際,今のゼミ生がその手.
何でも例えばGの音が鳴っていると,人は誰でも皆,
「ソ」と聴こえる(あたかもその音が「ソ」と言ってる)と思っていたらしい.
我々が赤い色を「赤」としか見られない以上のことが起こっているようだ.*1
だから,普通の人には絶対音感が無いことを知って,
では皆Gの音はどう聞こえているのか,すごく不思議に思うらしい.
ただ音楽聴くと,いちいち絶対音名がついてくるらしく,
だから音楽聴きながら勉強なんてできない,とのこと.


映画音楽の耳コピを趣味にしている自分としては,
どうしても欲しい能力なんだけど,もう絶対身につかないものなんだろうか.
ってことで検索してみると,同じように大人になってから
絶対音感を羨ましく感じている人は結構いて,例えばこんなページを見つけた.
大人のための絶対音感への道
そこに「音感養成ソフト」があって,
ふとしたときに試しては絶望感に浸っている.
しかし,色々分析してみると自分の場合,全音階しか出題されないなら,
完璧に当てられるみたいだ.
その世界では確かにGの音は「ソ」と言っているのだ.
つまり,相対音感からの計算によって「ソ」と思っているのでなく,
そのG音そのままで「ソ」だ!と反応しているのだと思う.
ところが,半音(つまり黒鍵)が入ってきた途端,まったく無茶苦茶になってしまう.
つまりだ.世の中に半音が無かったなら,自分も絶対音感がある,
と豪語していたかもしれない.(ホントかなぁ...)


とは言ってみたものの,実際に色んな音楽が鳴っている中では,
全く役立たない.あっという間に相対音感に引きづられて,
Gの音が「ソ」でなくなってしまう.
つまり,頭のなかではたちどころに「移動ド」で聴いてしまうようなのだ.
そしてどうやら,頭のなかで「絶対音」としての全音階と,
旋律に引きづられて翻訳される「移動ド」音階のせめぎ合いが起こっているようなのだ.
結果,大・混・乱〜!


だから,同じ音を旋律内で解釈しなおして別の音名を当てたりしてる,
相対音感のほうがある意味やっていることは複雑だ.
一方で絶対音感は,音Gは何があっても「ソ」とい感覚だから,
完全に周波数が聴覚記憶と1対1に結びついている状態なんだろう.
例えば音の数ぶんだけそれに反応する聴覚神経が用意されているような.
学術的には何の根拠もないよ,因みに.)


これは,何か規則性や構造を掴んでから理解しようとする前に,
とにかく語呂による丸暗記で覚えさせてしまう九九に近い.
実際,何の抵抗もなく素直にスイスイ暗記できてしまう小学校低学年で
九九を染み込ませておかないと,その子は生涯に亘って苦労することになる.
真似ること,脳に転写することが最も得意な時期だからこそできること,
したがってつべこべ言わずやってしまわねばならないことが教育にはあるということだ.


脱線した.
先ほどの「絶対音感への道」には,何かいつでも思い出せる,
基準となるメロディーを用意しておくといい,とある.
それならたくさんある.
ショパンのOp.18「華麗なる大円舞曲」,冒頭B♭だ(あ,いきなり黒鍵).
リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」は堂々のC(CM)だ.
ベートーベンのピアノソナタ「悲愴」もC
(こっちはCm,普段はこれで思い出してることが多い),
毎朝なんちゃって練習してるショパンの「大洋のエチュード」もC(Cm).
ラフマニノフ前奏曲「鐘」はAのユニゾンだ.
って,憶えてても,音楽鳴ってると全く使えないんだよな,これが.
結局,覚えている音との相対音程を計算することになるので,
瞬時になんて反応できないからだ.
それに疲れてくると,半音下がってくる.ふぅ〜.


鳴っている音が,文脈の中でなくて,そのままの音として分かる.
やっぱ,絶対音感便利だ.
本当は相対音感と絶対音感のスイッチが付いてて,
カチカチっと切り替えられるのが最強なんだけど,
音楽家ってそういう人たち多いんだろうな.

*1:というのも,絶対的だと思っていても実は周りの色彩で色が変わって見える,といのが
普通の我々だからだ.例えばNTTが開いているサイトイリュージョン・フォーラム
色彩の実験なんか分かりやすいだろう.

和声を環論で

一方で,不定調性音楽理論music school M-Bankのコンテンツ)を
別のゼミ生と共に読んでいる.
こちらはどう数学に載せるか,が最大の問題なのだけど,
どうも和声あるいは倍音列をイデアル論的に扱う,
ってのがありえそうだと最近思えてきた.
で,「イデアルと和音」で先行研究がないかと探してたら,
こんな面白いサイトを発見.
The Music Animation Machine

そうそう!こういうのやりたかったんだ!
ArtとScienceが交わるところ!


そこにMusic Animation Machine というフリーソフトがあって,
MIDI sequenceを様々に視覚的な表現で見せてくれる.


普段やっているDTMではpiano rollで

ってなかんじで,コツコツ進むわけだけど,
音楽の構造を強調するように視覚的にいろいろアレンジしてくれるのが
このソフト.









五度圏上の動きとして.



中でも気に入ったのがこれ↓

トライアドで作られた音のネット(その筋の人たちには,Tonnetzとして知られている構造)
の上で音楽の流れに沿って表示してくれる仕組みだ.


いずれにしても,前期でどこまで先回りできるか,が
今年の鍵には違いない.

横を立てれば縦立たず

純正律は縦の調和,つまり和声(特に三度積み重ねの)を重視してできた.
だから転調をしないのならハーモニーをずっと維持できる.
って仕組みのつもりなのだが,実は転調せずとも破綻が起こる.
実際計算するとおかしなことになっているのに気付く.
例えば,(ちょっと人工的だけど)ごくごく普通の以下のような進行を考えてみよう.

純正律は

・1オクターブ上=周波数2倍(×P8と書こう)
・完全5度上=周波数3/2倍(×P5
・長3度上=周波数5/4倍(×M3

で音階を生成した,と考えられる.だから他の音程差は

・完全4度上=1オクターブ上の完全5度下=×P8/P5=周波数4/3倍(×P4
・短3度上=完全5度上の長3度下=×P5/M3=周波数6/5倍(×m3

と計算される.
ところで,同じ音はずっと同じ音で鳴っているべきだろう.例えば上記の譜例を合唱しているとしよう.
分かりやすいように,同じ音をタイでつないでみる.

さて,そうすると.縦糸と横糸を維持し続けると,音程が下がってしまうのが分かる.

・初めの和音(=(E1, G1, C1)と書こう)から次の和音(F2, A2, C2)ではC1を維持するので
  (F2, A2, C2)=(C1/P5, C1/m3, C1)
・(F2, A2, C2)から第3和音(F3, A3, D3)ではF2, A2を維持するので,例えば
  (F3, A3, D3)=(F2, A2, A2×P4)
・(F3, A3, D3)から第4和音(G4, B4, D4)ではD3を維持するので,
  (G4, B4, D4)=(D3/P5, B3/m3, D3)
・(G4, B4, D4)から最後の和音(E5, G5, C5)ではG4を維持するので,
  (E5, G5, C5)=(G4/m3, G4, G4×P4)

では最後の C5 を順次さかのぼって計算してみよう.

C5=G4×P4=D3/P5×P4=A2×P4/P5×P4=C1/m3×P4/P5×P4
=C1/(P5/M3)×(P8/P5)×(1/P5)×(P8/P5)
=C1×M3×(P8)2/(P5)4=C1×80/81

というわけで,初めのCと最後のCでは周波数にして80/81下がってしまう.あれあれ.
短い曲なら純正律のまま演奏しても音程が下がっていくことに気付かないかもしれない.
だが,例えば平均律楽器の介在しない合唱曲のような場合,
長く唱っていると次第に音程が下がっていくんじゃないだろうか.
とすると,一体人間はどこで帳尻合わせして元の音程に戻しているのだろう?
というか,そこが人間のいい加減さで,上手く戻してるのだろうか.


おっと,それから.数理的な興味としては,この「下がっていく」現象は
どういうパターン(和声進行)で起こるか,っていうことだ.
そのパターンは音楽の文脈に由来するものだろうか.
例えば音程が上がってしまう進行は,音楽として成り立ちにくい,とか.
この辺も卒論ネタにならないかなぁ...

もう,往復の車中はずっとエンドレスで

Kapustin の toccatina.
Jazz独特のリズム感と和声に,何ともてこずってちっとも進めないし,
練習の時間もほとんど取れないので,
もう耳から憶えてしまおうと,通勤の車中はエンドレスで流す.
う〜ん,かっけぇ〜〜〜♬


中盤から終盤にかけての複雑な音列に旋律が絡み合っている一瞬,
ギリギリの音が使われてるシーン.
Jazzのイディオムなんか,まだ全然分からないけど,
これがまた何ともオシャレ.


↑クリックでFinale2012による同部分の演奏 mp4


いつか弾けるようになっかなぁ...

カプースチン 8つの演奏会用エチュード 作品40 PRHYTHM EDTION

カプースチン 8つの演奏会用エチュード 作品40 PRHYTHM EDTION



もう一度音律を見直してみようと思った

音楽と数学についての卒論ネタが滞ってきたこともあって,
この頃は寝ても覚めても音楽,特に音律について考えている.
つまったら基本に戻るという大原則のもと,
ピタゴラス音階純正律の成り立ちをグラフにしてみた.
ま,なぜ七音階なのか,という問題はとりあえず後回しにして,
倍音あるいは周波数が単純な整数比となることを目指して作られた様子を
直感的に見てみたかった.
周波数2倍が1オクターブで,人の耳はそれを同じ種類の音と捉える,
という人類共通の性質を基にするなら,
周波数比はすべて底を2とした対数で捉えればいい.
そこで,ピタゴラス音律は {m×log23}({ }は小数部分)をm=-1,0,...,6 で,
純正律は {m×log23+n×log25} をm=-1,0,1,2,n=0,1として並べてみる.
(↓クリックで拡大)




横軸が mを表し,縦軸が対応する小数部分.
系列 P5は {m×log23} の軌道.P5,3 はこの軌道の m=3 のときを表す.
一方,系列 M3は {m×log23+log25} の軌道.M3,1 はこの軌道の m=1 のときを表す.
なるほど,純正律のほうが0軸からあまり離れないように作ったようにも見える.
だから単純な整数比を維持できている.純正律なら C:E:G=4:5:6 と収まるが,
ピタゴラスになると C:E の時点で 3^4=81 なんて出てきてしまう.


ついでに平均律からのずれも見てみよう.




ピタゴラスが,どんどん平均律に比べ上がっていくのに対し,
純正律は E,A,B で減らすように並んでいる.
生成元 log25 がその作用の元となっている.
もちろん F,G で平均律が良い近似をもたらしている訳は,
log23 の連分数近似 19/12 による.
音律が完全5度あるいは完全4度の発見から育っていったとするのなら,
テトラコード C,F,G,C をまず大事にしたはずだ.
そして世界中の古代の音律には確かに,このコードが入っている.
そして,12音音階の由来も,あるいはこの連分数近似を
感覚的に人類が掴み取ってきた証,ととることもできよう.
だが,西洋音楽はなぜ7音音階に成長したのか?
それがこのひと月ほど,ずっと頭の中でぐるぐる回ったままだ.


おっと,それから.
純正律は西洋和声,特に CEG などの三度の積み上げ和声を大切にした結果できた,
つまり縦方向の音楽を重視したということだが,
これがもう一つの音楽の方向,旋律と実に仲が悪い.
というのも,log23 と log25 の
二つの代数的に独立な生成元で音階を作ってしまったからだ.
しかし,これ以上書くと卒論で書くことがなくなるからやめとこ.


さて,当人,頑張ってるかなぁ...