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オープンキャンパス2016―準備(制作)

今年も昨年に引き続き,学生の模擬授業を講座説明会とは独立させて行うことに.
しかし実施日がテスト期間中ということもあり,
呼びかけてもなかなか反応がなく一月ほど四苦八苦.

しかし時期が近づいたら何人か集まってくれて,そこにSigmaも加わる形に.
今回は二年生有志+Sigmaの3年.

参加する正式メンバー
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これから愛知県,切りま~す.でもカッターではきつそう.
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プレゼン資料の綿密な打ち合わせ.
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切断用の新しいアイテムをゲットして夢中になる少女.
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実施日は二日後.さてさて,間に合うのかな.

k倍完全数探し―その後とちょっとしたCollatz-likeな問題

前回はk倍完全数を探すのにちょっと使えそうな評価式を紹介した.
tokidoki.hatenablog.jp

で,その後の数学同人Sigmaにて,5倍完全数探しが続いた.
評価式によれば少なくとも13以上の素因数が必要となるので,
13を含んだ形でヒューリスティックに探していく.
その際,素数の冪の約数和を素因数分解した一覧表があると便利だということになり,
まずはそれを20未満の素数の範囲で書き出す.
その際,活躍したのがCASIOが提供している素因数分解をしてくれるwebサイトだ.
keisan.casio.jp
というか,随分色々やってくれるんだね,ここ.さすが電卓の会社だ.
で,今自分でやってみて気付いたのだけど,
なんと,入力欄には計算式入れても素因数分解してくれるんだね.

さて前回同様,Nの約数和をS(N)と表す.13を素因数に持つのなら
 S(13)=2*7,S(132)=3*61,S(133)=22*5*7*17,...
といった表を使うのだけど,たとえば61のような大きな素因数を持つものは
予め考えないことにして,13もしくは133が因数にあると思って話を進める.
下の写真で赤丸が付いているものが使えるもの,というつもりだ.
一方で13を因数に持つのだから他のS(素数の冪)で13を因数に持つものを拾い出し,
できるだけ新しい素数が現れないものを組み合わせていく.
そんなこんなであれこれやっていたら漸く一つの組み合わせを見つける.
 211*35*53*73*133*17=796928461056000
う~ん,巨大だね.
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さて,一つ見つけたのでwebで答え合わせ.
検索するともっとずいぶん小さいのがあるとのこと.
倍積完全数 - Wikipedia
5倍完全数はデカルトが1638年に見つけているのだそうだ.
まぁ,確かに上記のような方法であれば計算機がなくとも根気があれば見つけられそうだ.
しかしなんで我々が見つけたものがでかくなったのだろう,と振り返ってホワイトボードを見ると,
S(72)=57 が分解できることを忘れていたからだった.

さてさて,こんな表を見ていたら新たな問題を思いついた.
約数和S(N)をCollatz-likeに,つまり力学系的に見たらどうなるだろう,ということだ.
具体的には以下の操作を繰り返す.

  1. Nが偶数なら2冪の因数を取り除く.
  2. Nが奇数ならS(N)を求め,これを新たなNとする.

ちょっと手を動かしてみるとみな 1 に行き着くようだが,果たして.
本当に発散しないのだろうか?また有界でも周期軌道があるかもしれない.
例えば今回利用したS(N)の評価式から発散しないことが示され...ダメか.

あ,因みに,Collatzの3x+1問題はこちらで.
コラッツの問題 - Wikipedia
自分もこの問題に関するものを幾つか書いているのだけどね.
DSpace at 愛知教育大学: Collatzの3k+1予想に現れるフラクタルと記号力学
DSpace at 愛知教育大学: A fractal set associated with the Collatz problem
DSpace at 愛知教育大学: Interval Preserving Map Approximation of 3x + 1 Problem
DSpace at 愛知教育大学: The van der Corput Embedding of ax + b and its Interval Exchange Map Approximation

Van der Corput埋め込み(あるいはMonna map)のもとでCollatz写像の軌道を描いたもの↓
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k倍完全数探しのためのちょっとした評価

自然数Nに対しその約数の和をS(N)と表すとき,S(N)=kNとなるNをk倍完全数という.
k=2のときがいわゆる完全数というやつだ.例えば

 6×2=1+2+3+6,28×2=1+2+4+7+14+28.

2倍完全数についてはオイラーによって偶数の完全数の形が分かっているのに対し,
奇数の2倍完全数についてはその有無すら未解決の問題となっている.

自分が顧問をしている数学同人Sigmaは,このところk倍完全数探しをしている.
そもそもはk≧3に対するk倍完全数の表示式はないものだろうか,
という問いから始まったことだ.
(ネットで探せば何らかの結果が得られるだろうが,
 それをしたらSigmaの活動の意味が無い.)

手計算や計算機片手に探していく.100万までなら,
 2倍:6,28,496,8128
 3倍:120,672(因みに今年2016は2番目の3倍完全数の約数和だそうだ.2016=672×3)
 4倍:30240,32760
が見つかる.
4倍完全数までは10進BASICですぐに見つかるのだが,5倍からが見つからない.
少なくとも100万までには無かった.
こうして各自がそれぞれのアプローチをしているわけだが,
自分もひとつ絡んでみようと,通勤の運転中にぼや~っと考えてみた.
で,素朴なんだがちょっと面白い評価ができたので紹介.
まぁ,どこかでは知られてはいるんだろうけど.

これを使えば,例えば5倍完全数ならば13以上の素数を因数に含んでいなければならない,
といった評価ができる.
もう一つ,ある程度の大きさのkに対する奇数のk倍完全数があるとすれば,
かなり大きな素因数を,それもかなり多数の素因数を含んでいなければならない,
といったことも覗わせてくれる.
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残念な国(7)―そして過去への扉も閉ざされたなら

まず初めに,講義「統計とコンピュータ」で本年度の3年生102人から得たあるデータを紹介しよう.
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これはひと月平均本を何冊読むか?に対する結果だ.
(Google formによる調査はこんなふうにその場でグラフにまでしてくれて便利だ.)
因みに中央値は0.1冊とも教えてくれた.つまり,ほとんどが「全く読まない」ということだ.

自分が属しているのは数学教育の講座で,だから自称「理系」の学生らが集まる学科である.
赴任した頃の十数年前でも,教育学部であるにもかかわらず「本を読まない」,
正確には「本が読めない」学生が少なからずいたことは知っていた.
そんな彼らが一体どんな顔をして子どもたちに読書を勧め,習慣化させるのか
当時から不思議でならなかったことを思い出した.
(そういえばその当時,「国語のできない文系」などといって学生を揶揄していたものだ.)
そして現在,改めて調査をしてみると予想はしていたものの,愕然とする結果となった.

今日は講座で行っている教員採用試験の為の面接練習会に面接官役として出たわけだが,
どうやら戦後の昭和の言葉すら通じなくなってきている事態にあることに改めて直面した次第.
本日通じなかったのは「困ったときはお互い様」そして「卆なく答える」.
いずれも良い意味なのか悪い意味なのか,といったニュアンスそのものが分からなかったらしい.
(そして実は前者の言い回しは最近30代の同僚にも使ったことを思い出し,
 ひょっとするとニュアンスを間違って取られているかもしれない,
 などと面接練習中に密かにゾッとしていた.いや,杞憂に過ぎないだろうが.)
もちろん,言葉は生き物であるし,時代と共に変わってしまう宿命にあることは承知しているつもりだ.
自分だって自分よりずっと上の年代からすればヘンテコな日本語を使っているのだろう.

例えば「全然」という副詞.
「全然大丈夫」なる表現は二度折れ曲がって間違いでもないともいえる.
かつてこの熟語が中国から輸入されたとき,それは「全く」の意味だったそうだ.確かに字義通り.
漱石の時代でも「君の意見に全然同意するよ」などと言っていた.
それが戦後教育の中で「全然」は否定語の前につけるが正しい,としてきたのだそうだ.
そしていつの時代も古いモノを壊して遊ぶのが若い世代の特性であって,
言葉もわざと前時代では間違ったとされる使い方を敢えてする.
「全然だめだ」という言い方に慣れた人々の中,
「全然いける」などと言ってその若干の違和感を楽しむ.
そうやって遊んでいるうちに「全然」が「とても」の意味に解釈され始め,
「全然楽しい」などと使うようになる.
こういった変遷は言葉遊びから来るもので,ライブ感があって楽しい.
しかし一方で,「~することができる」の多用には,
現代日本のひずみ,あるいは病いが垣間見える,というのが持論だ.
tokidoki.hatenablog.jp
(その他気になっている言葉は多数ある.
 政治家が使う「粛々と」「説明する」「しっかりと」,
 また一般人がしきりにつかう「させていただく」,「意識高い系」の自虐的使用,
 そしてすっかり浸透した「癒し」や「感動した」の安易な使用.
 いつかこの辺りのことも書きたいけれど,まだ醸造中だ.)

話が逸れた.「本が読めない」教育学部の学生のことだった.
この事態は世間が言う「若者が本を読まない」を問題と捉えることとは
少々質的に違うように感じる.というのもそこに「教育学部の」がつくからだ.
教育現場はやはり"生き物"であるし,
目まぐるしく変わる事態への俊敏な対応が常に迫られる.
けれど一方では,人類が(とまでは行かずとも先人が)歩いてきた道を
生き生きと伝える場でなくてはなるまい.
つまり教育現場は子どもの目を過去と未来,両方に拓かせるはずの場所だ.
教育現場における不易流行,あるいはもっとシンプルに温故知新だ.
(もちろん教育現場だけがその責務を負う,という訳ではないものの,
 地域共同体がすっかり壊れてしまった現代―だから「お互い様」が分からなかったのか―
 やはり最後の砦としての役割は大きい.)
その一方の扉であるはずの書物をやがて現場教員となる学生が「読めない」となると,
教員自身,先人の叡智を持たぬまま,まる裸で現代と闘うに等しく,
同時に眼前の子どもたちにも根っこの無い知識を切り売りして過ごすことになる.
こうして歴史を持たない子どもたちが拡大再生産されていくわけだ.
そしてこの事実は日本国民の,
真の意味での個人の確立と市民への成長を大いに妨げてきたのだと思う.
(この点については,「個人」の概念そのものを条文から消し去ろうとしている,
 "腹立たしい"自民党憲法草案へ話はつながるのだけど,これもまたいずれ.)

さて.ひたすら場の空気だけを読んでそれこそ「卆なく」その日暮らしをする世代.
昭和言葉(もう大和言葉まで遡ることもできない)ですら通じにくくなっているのは,
地域共同体が壊れたことと同時に,やはり少し前の本を読まないからだと単純に思う.
例えばではあるが,2chをはじめとするネットスラングの世界は,
始めた側にとってはフィネガンズ・ウェイクばりの言葉遊びだったのだろうけど,
多感な時期にずっとそういった「崩した/壊した」言葉に囲まれて育った世代が増えるとき,
しかもその文化の変遷は数年単位で起こる故,
彼らの智慧の基盤はとても脆弱なものとならざるを得ない.

時代とはいえ,それにしてもね.
「最終的に立ち戻る場所がYahoo!の知恵袋のみ」という教員には
やっぱり教わりたくないなぁ...

祖国とは国語(新潮文庫)

祖国とは国語(新潮文庫)

因みに↑の著者は数学者.
藤原先生のデビュー作「若き数学者のアメリカ」を読んだ,ネット社会未明の時代が懐かしい.
若き数学者のアメリカ (1977年)

若き数学者のアメリカ (1977年)

一区切りイベント

この季節,何かと区切り.卒業するSigmaからもらった.
このまま氷の上を滑ってそうなホッキョクグマ.
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↑えらく表情が切ないんだが.
ホーム - aue-sigma ページ!

それから二日後,現場で働く卒業生+教職大学院生でクレパ.
いや,クレパの予定ではなかったのだが,あれよあれよという間に材料が運び込まれ,
強制的にクレパ.
いや焼きそばはないだろう,焼きそばは.
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学部卒業して1年,既に周りは色々と変化があるそうで,
何かと焦っていた.話の流れでダメージ(大)を受けた者,約1名.
そうだね,人生何あるか分からんもんだね.