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残念な国(10-a)―静かなクーデターとレジスタンス

ものもう

先のトルコの軍事クーデター未遂はさすがにヒヤリとした.
トルコは(不謹慎を承知で言えば)対ISの最前線の砦だからだ.
もっとも,そもそもトルコは軍が建国しており,政局や治安が不安定になると
軍がクーデターを起こして正常に戻すといったことの行われてきた国だ.
戦前の日本のように軍部の暴走によって戦争へひた走るのとは質的に違う.
実際,世俗主義を心情とするトルコ軍は政教分離を訴える組織であり,
この度のクーデターはエルドアン政権による独裁化と極度なイスラム化への警鐘を
軍が鳴らしたという構図になるそうだ.
ただ今回は"困ったときの正義の味方"として民衆から愛されているはずの軍が,
旧態依然の暴力的な行動で政権を倒そうとしたことに対し,
十分に民主化して育った市民らの反感を買って成功しなかった,ということらしい.
自分たちの頭で考え行動し,政権側にも軍側にもつかなかった,
民主主義の下で十分に成熟したトルコ市民が,どこか頼もしく,羨ましく感じられた.


さて,しかし話題にしたいのは,この目に見える他国のクーデターのことではない.
この国でこの夏に起こった,静かなクーデターとレジスタンスについてだ.

一つ目はもちろん,ついに改憲に手の届く状態となった,この7月の参院選だ.
いや正確にはこれが最後の仕上げ,と言ったほうが良かろう.
現行憲法を「アメリカの押し付け憲法」と憎むとともに,
あの大日本帝国の復活を心から願う政治思想団体「日本会議」が,
ほぼ敗戦直後から70年という長い時間をかけてできるだけ目立たぬよう企ててきたこと,
つまり,アメリカ的なリベラルな,
「場の空気」から独立して個人が個人として考えることの許される
民主主義・個人主義の転覆がついに実現間近となったのだ.
国会議員のおよそ4割が「日本会議」関係者,
おまけに首相はその特別顧問である,という事実は,
現国会が国民の代表者達からなるものではないという異常事態を明示している.
(国民の4割が「日本会議」関係者とでも云うのだろうか?)
tokidoki.hatenablog.jp

まだ国民投票があるじゃないか,というだろうが,
大衆ではなく先のトルコのような成熟した市民が育たなかったこの国で,
どれだけの国民が一時の感情や場の空気や私的損得勘定から離れて,
この国,あるいは人の在り方を俯瞰して憲法を議論できると云うのだろう.
憲法という国の根幹を成す物を,現在という極短期間のスパンだけでなく,
歴史を振り返り遠く未来を仰ぎ見て,また世界におけるこの国の在り方を,
じっくりと丁寧に考え議論を進めていく風土がどこにあるというのだろう.

明治憲法が発布されたとき,福沢諭吉はこんなことを言ったそうだ.
そうして130年経った今,日本国民はどれほど成長できたのだろうか.

そもそも西洋諸国に行わるる国会の起源またはその沿革を尋ぬるに,
政府と人民相対し,人民の知力ようやく増進して君上の圧制を厭い,
またこれに抵抗すべき実力を生じ,
いやしくも政府をして民心を得さる限りは内治外交ともに意のごとくならざるより,
やむを得ずして次第次第に政権を分与したることなれども,
今の日本にはかかる人民あることなし.

tokidoki.hatenablog.jp

多くの人びとには真に戦うべき相手「戦前の亡霊」が見えていない.
しかし,その亡霊たちの足音は確かに近づいている.
lite-ra.com


明治憲法が作られようとした頃,市井の人々も真剣に憲法を作ろうとした.
五日市憲法草案に代表される民間の草案が幾つも作られたのだそうだ.
その辺りの話を丁度,皇后陛下が語られているので引用しよう.

5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,
例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます.
主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,
郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました.
明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,
地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,
基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,
更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,
地方自治権等についても記されています.
当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,
近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,
自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした.
長い鎖国を経た19世紀末の日本で,
市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,
世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います.
皇后陛下お誕生日に際し(平成25年) - 宮内庁

いわば「日本会議」によるアメリカ的民主主義・個人主義に対抗する
非常に長い時間をかけたクーデターが今回の参院選で実現したわけだが,
一方でその参院選直後に,静かなレジスタンスがあった.
天皇陛下が「生前退位の御意志を表明された」ことだ.
なぜこのタイミングでこのニュースなのだろうと色々引っかかったのだが,
実質的な権力を握っている「日本会議」が目指す,
「天皇の現人神(あらひとがみ)化」への強い抵抗を表している,
それも改憲発議が可能となった今こそ示しておかねば,というメッセージだという見方があるそうだ.
戦後,象徴としての天皇の役割を一身に引き受け徹せられてきた今上天皇が,
あくまでも天皇は「神」ではなく役割に過ぎないのだ,ということを
改めて世に示そうとしているのだ,と.
lite-ra.com

近年とみに太平洋戦争の激戦地へ赴かれ慰霊されるお姿は,
風化していくこの国による先の大過へ国民をもう一度振り向かせるとともに,
政治的発言が許されない陛下が象徴としての役割をフルに活用した,
この国の行く末を担う者たちへのメッセージに他ならない.
その背中でもって「日本会議」による「戦前回帰」への静かな抵抗を
他ならぬ陛下御自身がされているのである.
courrier.jp

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

残念な国(9-c)―日本会議が目指すモノ

あれこれ ものもう

どういうわけだか選挙戦では一切語られることのない日本会議.
2015年9月時点で全国会議員の4割(281名,うち自民が256名)が属している,
戦前の大日本帝国を誇りに思う団体だ.
# つまり明治以前の日本への郷愁があるわけではない.
# 彼らが愛してやまないのは,あくまで大日本帝国なのだという点を忘れると,
# 途端に彼らの言動の真意を見誤ってしまうだろう.

神道とも結びついた極右団体なので,
野党も批判すれば選挙演説中に刺されかねないと皆口をつぐんでいるのかもしれない.
いきり立ったごく普通の愛国主義的庶民らによって
そう遠くない将来,現代版二・二六が起こるように思えてならない.
二・二六事件 - Wikipedia

因みに,第3次安倍内閣では20閣僚中12人が日本会議国会議員懇談会に属している.
安倍首相は麻生太郎氏とともに特別顧問をやっている.少しリストにしてみよう.
と思ったらこんな一覧がネットに落ちてた.甘利氏がいるのでちょっと古いか.
f:id:okiraku894:20160703175016j:plain
hbol.jp

そもそも日本会議の主張と行動はどんなものなのか.
Wikiからなので心許無いが,そのソースが日本会議のHPやパンフレットから
ということなのでそのまま引用することにしよう.

1.日本の皇室関連の運動
男系による皇位の安定的継承を目的とした皇室典範改正
# 早速このあたりから戦前の空気「男尊女卑」の思考が見られる.

皇室の地方行幸啓の際の奉迎活動
# いわゆる,天皇陛下万歳!を国家を挙げてやりたい,ということだ.

2.改憲運動
# これに関しては何度も触れてきた自民党の改憲草案が全てを語っていよう.
# これは実質的に日本会議による改憲草案なのだから.

3.教育関連の運動
学校教科書に於ける「自虐的」「反国家」な記述の是正
# 教育現場にいる皆さんならこのあたりの神経質な振る舞いをよく御存じだろう.

「親学」にもとづく親への再教育,いじめ撲滅等を目的とした「家庭教育基本法」の制定
# 出ました,国家が国民を管理・監督し指導するのが当たり前という大日本帝国の基本精神.
# 結局かつてこの国を覆った精神性が,個人が開放されたはずの戦後においてすら
# 確立した個人としての市民を育てるに至らなかった背景なのだろうと思えてならない.

教育委員会制度の改革
# これも国家監視の下ということでしょう.

「公共心」「愛国心」「豊かな情操」教育等を盛り込んだ「新教育基本法」の制定
# 特にここで掲げる"公共心"概念の下,
# 自民党改憲草案では基本的人権が大幅に制限されようとしている.
# 草案の第13条がそれだ.そして子供のうちからこの精神性を叩きこもうという訳だ.
tokidoki.hatenablog.jp

「国旗国歌法」の制定
# 大日本帝国万歳!ですね.たとえばこの3月に岐阜大学が
# 国歌斉唱を入学・卒業式で行わないことを決めたことに対し,
# 馳浩文科大臣が「国立大学として,恥ずかしい」と発言したことが問題となったが,
# こうして問題とできるうちはまだ幸せなのだ.
# その発言の精神性の背後にあるのは「国が金を出してやってるんだ,大人しく従え」であり,
# そうするのが常識の世の中(つまり個人が考えることを止めた社会)になったとき,
# 人々は容易に「反日」の烙印を押すことだろう.これは戦時中の「非国民」と同じ意味だ.
# 「非国民」―この言葉の下でどれだけの自由な精神が踏みつけにされ,人々が虐待されたか,
# すっかり人々は忘れてしまった.こうして歴史は繰り返されるのだ.
#
# 因みに,同様な議論は実はこの大学でも起こりかけた.
# 大学お取り潰しにならぬために国歌斉唱を入学式の式次第に入れようとした執行部に,
# 「それは最高学府である大学の死だ」と反対を声明した教員が複数いた.
# 「つまらぬことで波風を立てるな」という現実主義的な意見で式次第には組み入れられたが,
# 本当はこの事勿れの精神性こそ見過ごしてはならなぬことなんだ.

おっと,この件に関する参考記事↓
synodos.jp

4.国防関連の運動
# 大日本帝国としては当然の動きでしょうが,ここでは触れない.

5.靖国神社関連の運動
内閣総理大臣の靖国神社公式参拝実現
# 日本会議の悲願でしょう.現在は公式だとあからさま過ぎるために"個人として"参拝しているが,
# 一方で「A級戦犯」と呼ばれる人たちが合祀されている神社への参拝が
# "粛々"と続けられているのは偏に日本会議の強い意向の反映なのだと最近分かった次第.
# 何しろ「A級戦犯」は"欧米列強からアジア開放を目指した英霊たち"だからだ.

靖国神社に代わる無宗教の「国立追悼施設」建設反対
# したがってこういった施設建設は当然反対するでしょう.
# 名目上,戦争で亡くなった国民への哀悼を表すことにしている靖国参拝から
# 亡くなった国民のみを分祀して新たな施設を作ったなら,
# 彼らの英霊である「A級戦犯」への参拝が公式に叶わなくなるわけだから.

6.極端な男女平等思想への反対運動
「選択的夫婦別姓法案」反対,「ジェンダーフリー」運動反対
# この男女同権を否定する復古的な動きも日本会議の特徴だ.
# 丁度NHK朝ドラの「とと姉ちゃん」でも「若い女の子が道の真ん中を歩くものじゃありません!」
# と年配の女性に叱られるシーンがあった.
# 「どこを歩こうと勝手じゃないか」という主人公の心の声と共にそのシーンは終わるのだが,
# 「男だから」「女だから」という,個人の確立を妨げる動きは日本会議に一貫したものだ.
#
# 戦時中,男尊女卑の世の中で進んでそれを促進しようとする国防婦人会という組織があった.
# もっとも,不自由な立場にあった女子にそれなりの立場を与える仕組みだった,
# という見方もあるそうだが,その現代版の↓の組織は如何なものだろうか?

www.soyokaze2009.com

7.日本の主権を侵害すると日本会議が見做した動きへの反対運動
外国人地方参政権反対,「人権機関設置法」反対,「自治基本条例」制定反対
# 初めの外国人参政権反対以外はなぜ反対するのか分かり辛いかもしれない.
# しかしいずれも彼らの理屈からすれば「在日擁護である」という点で一致しているようだ.
# そしてこれらいずれの反対運動にも組織があり,そして日本会議とのつながりは隠している.
# 例えば↓

自治基本条例に反対する市民の会公式サイト-トップページ-

ひたすら成長のみを目指していた経済が立ち行かなくなった世界中で
ナショナリズムの動きが広がっている.
そしてこの国では戦後70年をかけて虎視眈々と戦前回帰を狙う組織が,
気付けば巨大な力を持っていた.
もう全ては遅きに失した.おそらく参議院で3分の2を改憲勢力は獲得するだろう.
個人として考える市民が育たなかったこの国ではきっと,
イギリスのように国を二分するような議論にすらならずに,
この国に新憲法,新・大日本帝国憲法が制定されるのだろう.

そうなる前の,あるいは最後の僅かな僅かな望みが,
実は日本会議自身が再び担ぎ上げようとしているあの方々かもしれない.
真の意味での人類としての良心,この国の最後の良心である,あの方々.

本年は終戦から70年という節目の年に当たります.
多くの人々が亡くなった戦争でした.各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,
東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした.
この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,
今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています.
 
天皇陛下のご感想(新年に当たり):平成27年 - 宮内庁

私自身,戦後生まれであり,戦争を体験しておりませんが,
戦争の記憶が薄れようとしている今日,謙虚に過去を振り返るとともに,
戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に,
悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています.
 
皇太子殿下お誕生日に際し(平成27年) - 宮内庁

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

残念な国(9-b)―あたらしい憲法草案のはなし

ものもう あれこれ きょういく

お,やるじゃないか.
www.asahi.com
争点化を避けている政府与党に対し,マンガ雑誌らしい提起の方法だ.
ちなみにこれはかつての文部省(文科省ではない)が
戦後の新しい国の形を子供向けにやさしく説明したもので,
現在では青空文庫としてweb上で読めるようにもなっている.
文部省 あたらしい憲法のはなし
その中にある↓の画は教科書で皆見たことがあるんじゃないだろうか.
f:id:okiraku894:20160702170121p:plain
戦争に使われていたものを平和なものに作り変えていこうという国家の意気込みを表す,象徴的な画だった.
人々がこんなふうに心底平和な世界を願っていた時代だった.

さて,この「あたらしい憲法のはなし」を読んだついでに,
次の「あたらしい憲法草案のはなし」を是非読んでみて欲しい.

あたらしい憲法草案のはなし

あたらしい憲法草案のはなし

  • 作者: 自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
  • 出版社/メーカー: 太郎次郎社エディタス
  • 発売日: 2016/07/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログ (5件) を見る
うんうん,なにしろ自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合が作っているんだ,
きっと素晴らしいこれからの新しい国の形を示してくれているに違いない.
出版社のHPにある内容紹介を見てみよう.

「国民が国家をしばる約束」から「国家と国民が協力してつくる『公の秩序』」へ.
草案の提案する憲法観の大転換を,起草者たちの論理と願望にぴったりとよりそって語る.

そうそう,もう本当にぴったりと寄り添い,ありったけの想像力を駆使して
どんな思いでこの草案が作られたのかを考えないと分からない内容だものね.
はじめに,を読んでみよう.

....
 憲法はいま,大きな分かれ道にたっています.政府と与党である自民党のあいだで,いままでの憲法をあたらしい憲法に変えようという気運が高まっているのです.
 憲法を変えるためには,衆議院と参議院のそれぞれで,3分の2以上の議員の賛成を得ることが必要です.両院で3分の2以上の賛成を得られたら,つぎには国民投票がおこなわれ,投票者の2分の1以上の賛成が得られれば,あたらしい憲法に変わります.
 このように,憲法を変えるためには,とても高い壁がたちはだかっています.それだからこそ,憲法は70年も変えられずにきたのです.
 ですが,この高い壁がこえられる日は,近いかもしれません.憲法を変えたいと思っている両院の国会議員の数が,3分の2を超えようとしているからです. 
 いいかえれば,いままさに,わたしたち国民ひとりひとりが,現在の憲法のままがよいか,あたらしい憲法に変えるべきかを問われているのだといえましょう.

おやおや,それは大きな変化だね.

 あたらしい憲法のもとになる案は,平成24年(2012年)4月27日に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」(以下,憲法草案と略します)です.
 みなさんは,この憲法草案がどんなものかごぞんじでしょうか.よく知らないという人が多いのではないでしょうか.そんなことでは,いまのままの憲法がよいか,あたらしい憲法がよいのか,判断することができません.

うん,全くその通りだ.ちゃんと読み比べなくてはね.

 そこで、わたしたちも,70年近くまえの『あたらしい憲法のはなし』をみならって,『あたらしい憲法草案のはなし』をつくることにしたのです.
 わたしたちはこの草案をつくった人(起草者)ではありません。ですが、できるだけ草案をつくった人びとの気持ちによりそい、そこにこめられた理念や内容 をつたえたいと考えました。改正の意図がわからない点は自民党が出している資料などを参考にし、それでもわからないときは、起草者の身になって考え、ことばをおぎないました。

いやぁ,そうなんだ,どうしてそう変えようと思ったのか,さっぱりわからないところが沢山あるからね,
ありったけの想像力を駆使してもちょっと分かりかねることばかりだからね.

 憲法改正に賛成する人も,反対する人も,どうぞこの本をお読みください.この草案を考えた人びとが,どれほど強い,熱い思いをもって,あたらしい憲法をつくろうとしているかが,きっとおわかりになるでしょう.そのうえで,憲法を変えたほうがよいのかどうかを,しっかり考えてもらいたいと思います.

では目次を見てみよう.

  はじめに
1 憲法を変える理由
2 国民主権の縮小
3 戦争放棄の放棄
4 基本的人権の制限
5 強く美しい国へ
資料1 「あたらしい憲法のはなし」(抄録)
資料2 自民党憲法改正草案(現行憲法条文対照)

いやぁ,素晴らしい.
戦後70年,あの戦前の息苦しさを十分に取り戻しているこの国の
最後の総仕上げがこの草案というわけだ.

そして空気を読むことに長けた若者たちはより空気を読んで生きねばならない世界を望むんだね.
18~19歳「自民に投票」44% 本社調査 経済政策「評価」48% :日本経済新聞
www.nikkei.com

まぁ,真剣に考えて行動する同世代を「意識高い系」などと揶揄し,あるいは自虐する彼らだ.
人と違ったことを堂々と言う者達を鬱陶しく感じるのも想像に難くない.
ネット上いたる所で見られる若者によるSEALDS叩きはそんな空気の象徴だろう.
「列を乱すな!大人しくしていろ!」―これが日本の空気だ.
「ぜいたくは敵だ!」「一億総火の玉だ!」―あの時代から何も進歩していない.
国民精神総動員 - Wikipedia

そう.もう一度言うが,この国には結局,市民は育たなかった.
個人というものをその土台に据え,自分の頭で考え自分の言葉で話す市民は育たなかった.
戦後の学校教育は市民を育てられなかったのだ.
育ったのはひたすら空気読みに長けた大衆だけだった.
たとえ市民が育ちかけても,悉く「日本の空気」に呑みこまれていく国なのだ.
tokidoki.hatenablog.jp

戦後70年,リベラルな空気に抑圧されてきた日本会議のみなさん,おめでとう.
ようやく皆さんの目指す「良い子の国」新・大日本帝国の建国が間近となったのです.

tokidoki.hatenablog.jp

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

日本会議 戦前回帰への情念 (集英社新書)

残念な国(9-a)―二度の世界大戦を忘れた人類,再びナショナリズムの嵐へ

あれこれ ものもう きょういく

タイトルは「残念な国」ではなく,「残念な人類」とすべきかもしれない.

本日,イギリス国民はEU離脱を選択した.
"Britain first!"と叫ぶ男に残留派のジョー・コックス議員が殺害されるという,
自分がイギリスに対して抱いているイメージからは違和感を感じる事件があった.
日本で言えば差し詰め「天皇陛下万歳!」だろうか.

残留派と離脱派についての面白いデータが有った.
"Education and EU referendum"というものだ.
つまりその人が受けた教育レベルと残留/離脱との関係だ.
これによればイギリス独立党を除く全ての各政党支持者の教育レベルが高いほど
残留を支持するという結果だ.
yougov.co.uk
教育レベルと年収には正の相関があることはよく知られた事実だが,
それを踏まえれば極自然な結果と言えよう.
不満層は移民排斥に流れやすい.「全てはあいつらのせいだ」と.
裏を返せば,高収入の層にとっては現状が良いはず,でもある.

一方,「トランプ大統領」が現実味を帯びてきたアメリカでは,こんな面白い動きがあった.
トランプが大統領になるくらいなら,アメリカを出たほうがマシだ,という.
www.afpbb.com
世界中から人を受け入れ,まさにそのことによって
世界中の頭脳もカネも集まった自由の国アメリカにおいて,
移民流入を防ぐ万里の壁「トランプ・ウォール」を作ると言っている.
(それもメキシコ負担で,ってところがちゃっかり.)

かのホーキング博士も
「最も低レベル層の大衆が支持する扇動政治家」なんて,
もう歯に衣着せぬ言いっぷり.因みに博士もEU残留派だ.
www.huffingtonpost.jp

フランスではパリでの連続テロの後,
ルペン氏が率いる「国民戦線」が支持を広げている.
www.newsweekjapan.jp

哲学の国ドイツでも極右政党AfDが躍進した.
gendai.ismedia.jp

遡ればハンガリーが近年,憲法改正を行ったのだが,
民主主義の危機として世界から批判を浴びている.
その憲法がまた,自民党,いや,日本会議が作った憲法草案に
目指すところが実によく似ている点は,特筆に値する.
newsphere.jp

こうして改めて見回すと,世界は理性を失いつつあるのがよく分かる.
経済が立ち行かなくなったとき,国が国としての形を保つためには,
つまり国を形づくる民衆をまとめ上げる最も安易な方法は,
「強い国家像を掲げるナショナリズム」であることは,
人類の歴史が幾度となく世界中の至る所で繰り返し示してきた.

21世紀になっても結局,その手法から人類は卒業できないでいる.

あるいは人間の寿命がわずか一世紀にも満たないこと,
そのことが人類の次なるステップを妨げているのかもしれない.
(だから人類の知的寿命を飛躍的に伸ばす一つの現実味のある方法が
 人工知能なんだと妄想しているが,その辺りは別の機会に.)

いずれにしても,人々の間にある経済格差はQOLの格差,特に教育格差を生み,
ひいては理性の格差を生んでいる.
イギリスを二分した今回の投票もこの理性格差の反映だとも見える.
その対立の構造は今や先進国の至る所で見られる.
もちろん我々の国も例外ではない.


f:id:okiraku894:20160625092313p:plain
兎にも角にもトランプ氏曰く「強い,偉大なアメリカを再び」だそうだ.
おやおゃ~,どっかで聞いたフレーズだなぁ.


【自民党 新CM(30秒Ver.)】「日本を、取り戻す。」

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の全貌  知られざる巨大組織の実態

日本会議の全貌 知られざる巨大組織の実態

残念な国(8-b)―そして市民は育たなかった

あれこれ きょういく ものもう

前回の続き.
tokidoki.hatenablog.jp

自民党憲法草案,あるいは正確には「日本会議草案」である改憲案について.
日本会議 - Wikipedia

「みんな,良い子になろう!」という宣言書のような草案,
息苦しさと同時に腹立たしさを感じると前回書いた.
今回はその腹立たしさについて.

沢山のサイトで現憲法と草案との比較をしている.例えば↓
satlaws.web.fc2.com

前文においても個人の基本的人権のウエイトがぐっと下がった書きぶりだったが,
個々の条文においても「個人」の「個」が徹底的に消されている.
典型的なのが13条だ.

【現憲法】
第13条
すべて国民は,個人として尊重される.
生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,
立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする.


【草案】
第13条(人としての尊重等)
全て国民は,人として尊重される.
生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公益及び公の秩序に反しない限り,
立法その他の国政の上で,最大限に尊重されなければならない.

なぜ「個人として」ではなく「人として」なのか.なぜ「個」を取り去る必要があるのか.
はて,「人として」とは?
例えば奴隷のように働く「ブラック○○」は「人として」だとOKになるんじゃないか?
今だって社会風潮として「個人」としての権利が剥奪されているような労働環境に,
丁度いい口実を与えてしまうのではないだろうか?
何より「個人」を「人」にしてしまえば,「個人」の概念の確立したヨーロッパと異なり,
この国の国民性を考えると,あっという間に日本の個人は社会に呑みこまれてしまうだろう.
(それは「日本人ならぜいたくは出来ない筈だ!」とか「進め一億火の玉だ」とかやっていた,
「国民精神総動員」が施行されたとき,率先して国民が行動した戦前・戦中を思えば想像に難くない.
 いや,今だって「○○バッシング」はネットの上で,マスコミの上で様々に行われている.
 何しろ,「右向け右」の国民性は変わっていないのだから.)

「行き過ぎた個人主義への反省」という一見穏やかに聞こえる見解が草案に対するQ&Aに見られる.
「個人として尊重される」ことを根拠に際限ない個人的な権利主張がこの国本来の社会風土を変え,
核家族化,あるいは少子化を招き,プライバシー権の下,
地域社会の崩壊をはじめとする人々のつながりが断ち切られていった,
といった論調の議論がなされる.
そしてこの行き過ぎた個人主義を抑えるべく,12条でこんな文言が入っていた.

【現憲法】
第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,
これを保持しなければならない.
又,国民は,これを濫用してはならないのであつて,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ.


【草案】
第12条(国民の責務)
この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力により,保持されなければならない.
国民は,これを濫用してはならず,自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し,
常に公益及び公の秩序に反してはならない.

「公の秩序に反してはならない」
息苦しくはないだろうか?いや,むしろ怖くないだろうか?
憲法にこれを書くということは,「公の秩序」の名の下,我々を縛る法案が作りやすくなるということだ.
たとえ草案を作った当人等に縛る気が無いのだとしても,だ.
先に述べた「国民精神総動員」は当時の「公の秩序」として働いたのではなかろうか?

それにしても,なぜ「学級目標」のような草案になっているのだろう?
「良い子でいなさい.そうすればあなたの自由や権利は奪わないから.」
それはつまるところ,「個人」の概念の根底にあるヨーロッパ思想に基づく「天賦人権説」が
この国に根付かなかったことにあるのかもしれない.
いや,正確に言えばこの国は「国民」あるいは「大衆」を育てはしたものの,
「市民」を育てようとはしてこなかったことが真の原因のように思える.
すなわちこの国の主権者としての「自立性」「公共性」「能動性」を持った市民として,である.
(たとえば選挙の投票率の低さを思い出そう.)

よくテレビドラマなどでの「勉強シーン」として歴史の年代をゴロで暗記したり,
方程式を解いたり,英単語をつらつら書き連ねたり,といったことをやるのだが,
「勉強とはああいった作業のことだ」と多くの人々が信じているから成り立つシーンだ.
けれど例えば年代を覚えることが重要なんじゃない.
その時代に何が起こり,その結果人々はどう動いたのか,
そのことから現代の我々は何を学べるのか,それが重要なのであって,
年代はあくまで歴史の順序を把握するための物差しに過ぎない.
年代をすらすら答えられると,さも優秀な人間のように描写されるが,
鎌倉幕府ができたことは日本の歴史上どんな意義があったのか説明でき,
あるいは今日の我々にどんな影響を与えたのか解釈できるほうがはるかに優秀だ.
(因みに昔は1192(イイクニツクロウ)だった年号がこの頃は1185(イイハコツクロウ)に変わったそうだ.
 ほらね,だから年号は物差しに過ぎないんだって.)

つまり戦後世代を受験戦争に駆り立て,「○ or ×」の競争に明け暮れているうちに,
すっかり「自立性」や「能動性」を失った大衆ができあがる,という仕組みなわけだ.
今や(政治家も含めて)社会全体が「学校化」している.
かつては与党内野党があって政治的緊張感の中,
上手く党内のバランスを取りながら行われていた自民党の政治だったが,
今やトップの意向一色となり,やはり「学校化」しているように思う.
そうして振り返ってみると,果たして国に「市民」を育てる気があったのだろうか,と疑ってしまう.
ともすると「市民」が育たぬように組織的に仕組まれてきたのでは,などとも.

日本会議の人たちはほくそ笑んでいるのかもしれない.
「戦後70年間,アメリカの言うとおり自由にしてやったじゃない.
 でも結果,国民がルールを守らず権利ばかり主張するロクでもない国になったでしょ.
 やっぱりこの国にはこの国のやり方があるの.
 天皇陛下を頂点に戴く,お国の為に皆が働く美しい国に戻りましょう.」


敗戦と同時に掌を返すようにアメリカナイズしていったこの国で(ほら右向け右でしょ),
虎視眈々と復活の時期を窺ってきた巨大な政治思想団体「日本会議」.
例えば私的に参拝すればよいものをわざわざ閣僚として参拝を続ける靖国問題.
何故この国最大の不幸を招いたA級戦犯が合祀された場所へ出向くのか.
国策によって亡くなった人々を弔うだけなのなら,何故,分祀しないのか.
この政治思想団体「日本会議」に,
今なお安倍首相をはじめとする現閣僚の3/4が属していることを考えれば,
これ以上何の説明もいらないだろう.
安倍首相の顔写真ともに「日本を取り戻す」と書かれた自民党ポスターがあった.
けれど彼らの云う「日本」とは「日本会議」が思い描く「日本」だ.
そしてそれは太古の日本ではなく,明治以降の「大日本帝国」である.
個人の基本的人権より国家の存在が優先されたあの国なのだ.

草案の第98条には「緊急事態条項」が新設される.
「緊急事態条項」が現憲法に無いから,災害時の初動が上手くいかない,
といった真しやかな議論が主に日本会議の人びとによってなされ,
うっかり「そりゃそうだ」と納得する国民も少なくないと思う.
同様な論調と新しい世代の誤解による同調は
「安保法案」や「憲法九条」にまつわる議論でも行われている.
だからこのタイミングで首都直下や南海トラフなどの未曾有の大災害が起こったなら,
国民が冷静な判断のできないどさくさに紛れて,
「新・大日本帝国憲法」が成立してしまうのではないかと不安に思う.
そう,確かに市民は育たなかった,その結末として.
webronza.asahi.com


最後に,日本会議トップによる「天皇陛下万歳」をお聞きいただこう.
皆は何を思うだろうか?

日本会議名誉会長・元最高裁判所長官・三好達による「天皇陛下万歳」(2016年2月11日)
www.nipponkaigi.org

「美しい国」という国家像を打ち出す安倍内閣.
でもその背後には大日本帝国へのノスタルジーに浸る政治思想団体がある.

一つ言えるのは「何を美しいと思うか,の自由」が保証されない国は
美しくない,ということだ.
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SONY ILCE-6000+Vario-Tessar T* E16-70mm F4 ZA OSS,
Lightroomにて現像

ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)

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