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Art Award IN THE CUBE 2017 @ 岐阜県美術館

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ふらっと行ってきました,Art Award IN THE CUBE @ 岐阜県美術館.
art-award-gifu.jp
審査員には(私が勝手に)同士だと思っている高橋源一郎さんや
日々,折々の言葉で(勝手に)お世話になっている鷲田清一さん,
初年次演習ではかつて(勝手に)アレンジして遊んだことで(勝手に)お世話になった
逆シミュレーション音楽の三輪眞弘さんがいることも気になって行ってみた.
tokidoki.hatenablog.jp

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応募者らはこの与えられたCUBEの中に作品を作るという寸法で,何でも今年が最初の試みとのこと.
古い世代はCUBEというとあの映画を思い出すのだけどね.

CUBEキューブ Blu-ray

CUBEキューブ Blu-ray

では,中を見ていこう.
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三枝 愛「庭のほつれ」/O JUN賞.
美術館庭にぽつんと建てられたCUBE.何があるかと覗くところんと木が転がってる.
東日本大震災からシイタケ農家に必要な原木が不足したこと,
それによって生活の風景が一変したこと.
情報の激流によって薄皮でしか物を考えなくなった社会で,
敢えて考えるために立ち止まる人たち.
現代アートとはそういった人たちが居る場所でもあるのだよね.

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安野 太郎「THE MAUSOLEUM ー大霊廟ー」/高橋源一郎賞.
館内に入ると何やら不協和音がブーブカブーブカ聞こえてくる.
その発生源がこれ.大小さまざまなリコーダーがポンプから送られる空気で鳴っている.
人類滅亡後,永遠に弔いを続けるロボットという想定らしい.
しかし,こんなデカいリコーダーもあるんだなぁ,と別の角度で感心.

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柴山 豊尚「ニョッキ(如木)2017」/十一代大樋長左衛門賞.
板を重ねてそれを削ってできた,どこか別の惑星の景色のような空間.
この中で寝そべって想像すると楽しそうだ.

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森 貞人「Mimesis Insect Cube」/中原 浩大賞.
ワサワサワサッとガラクタで作られたたくさんの昆虫.「ガラクタ虫」と呼んでるそうだ.
使い古された道具たちがこうして虫として生まれ変わった.
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で,ひょいと目をやると何やら人の下半身が上の方で垂れ下がってる!
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何々と中を覗くと人が倒れてる,っていうか手がカタツムリ!
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耳のないマウス「移動する主体 (カタツムリ)」/三輪 眞弘賞.
小さな子が見たら夢に出てきそうな作品.これちょっとずつ動いてるんだ.
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壁に貼りついてるヒトの指先だって,カタツムリの目のように動いてた.
こう,こっちに寄って来るとうわ~ん,てなるよ↓
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あぁ,あれだ,ヒトがどんどんカタツムリになっていく
伊藤 潤二のマンガ「うずまき」を思い出したよ.

うずまき (2) (スピリッツ怪奇コミックス)

うずまき (2) (スピリッツ怪奇コミックス)

ちょっと落ち着こか.
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宮原 嵩広「Missing matter」.
CUBE全体に敷き詰められた「アスファルト」,ただそれだけだ.
確かにアスファルトのニオイが充満して余りそこに立っていたくない感じだった.
やがて枯渇する化石燃料,大木や自然に感じる神性と同じ思いを
アスファルトに抱く時代がくるかもしれない,ってなことらしい.

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三木 陽子「Conduit(導管)」.
そのとき全く分からなかったのだけどあとから調べたら陶芸作品とのこと.
建物の裏側なんかにありそうな導管なんだけど,これが蔓のように壁にまつわりつき,
したたかな生き物の様でもあり,
あぁ,うちの庭の草取りしなきゃなぁ,なんて思ったり.

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松本 和子「透明の対話」.
どこか懐かしい感じはフレスコ画という表現方法にあるのだろうか.
朝の透明さがなんだか涼しかったりした.

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ミルク倉庫+ココナッツ「cranky wordy things」/大賞.
寝言を言っている人の動画やら,突然音を立てるガンガンやら,
勝手にくるくる回り続ける机の上の小物.
その場は直ぐに立ち去ったが,家に帰ってから解説を読んだ.

物質という有限性を凌駕する何かしらに憑かれ、一時の『身体』がたち現れる

ああ,なるほど,だから何だかオカルティックだったのか.
そういえばケン・ウィルバーの「空像としての世界」を読んだとき,
僕らって要するに精神の受信機なんだ,と思ったのだっけ.
そう,僕らの身体はいつか土に還るまでの借り物なんだってことさ.

空像としての世界―ホログラフィをパラダイムとして (1984年)

空像としての世界―ホログラフィをパラダイムとして (1984年)

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谷本 真理「この部屋とダンス」/田中 泯賞.
一見,現代アートにしばしばありがちなダダイズム的な何か,かと部屋を覗く.
田中 泯賞を取ったとのこと,そしてタイトルには「ダンス」.
あれ,確かに部屋の落書きは何か躍った後のような,全てのものが躍動しているような.
できればタイトル見ないでそれを感じ取りたかった.ちょいと悔しいような.

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中村 潤「縫いの造形」.
CUBE全体が「縫う」という行為を表現していた.
ああ,できればその「縫う」行為の中に埋もれてみたかったかもしれない.

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堀川 すなお「モノについて」.
実は入ったところに中が見えない箱が二つ置いてあり,
そこに手を入れて入っているものの様子を感じて,それから作品を見ると面白い.
子どもたちに同じことをしてもらって,感じたことを言葉にして,
その情報を元に再びデザインするといった行為が展開されていた.
とはいえ,かなりデザインが繊細で美しかったため,
だから子どもの言葉とどれくらい対話が行われて描かれたのだろうか,
と,かえって訝ってしまう自分がいた.

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水無瀬 翔「DEMO DEPO イン・ザ・キューブ支店」/鷲田 清一賞.
後でじっくり解説を読んで,なるほど鷲田さんが選びそうな話だ,と思った.
ほら,例えば本来家庭が受け持っていた躾を始めとする様々な役割を
今どきの人たちは学校にアウトソーシングしているでしょ.
そのくせきちんと行われていないと学校を非難するでしょ?

この作品,本来どうしても社会に主張すべきことがあって
それを社会に知ってもらうために行うはずの「デモという行為」をアウトソーシングする,
っていうブラックジョークなわけだ.
しかもデモするのは人間ではなくロボット.
分業化が徹底的に進んで一生の営みがどんどんアウトソーシング化して,
果たして僕らのどこに僕らの人生があるんだろうね.
気付けばYahoo!知恵袋に課題の質問をする学生達ってのは,
学習自体もアウトソーシングしているわけで,
そんな風に上澄み液だけ啜って終わる人生って,楽しいのかね.

↓アハアハアハ,っていう機械的な笑いもアウトソーシングですか.
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さてさて,しかしこの日をわざわざ選んで岐阜県美まで行った理由,それがこの作品↓
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平野 真美「蘇生するユニコーン」.
この作品,ただのぬいぐるみではない.
架空の動物であるユニコーンを解剖学的見地を元に,
骨格から内臓,筋肉,表皮まで全てを実際に作ってあるのだ.
かつ,作家さん当人の話によれば口から肛門まできちんと一続きの仕組みにしてあり,
心臓も心房心室を作って外部からの「輸血」によって循環するように作り込み,
また口に伸びる管からは空気が送り込まれ,
それは確かに「肺」にとどけられているとのこと.
いや,実際胸のあたり,静かに上下しているのだ.
岐阜大獣医学科に足を運び獣医から学び,リアリティーを追及したとのこと.
本当は解剖にも立ち会う予定だったそうだが,
鳥インフルエンザ騒ぎで獣医学科がてんやわんやで話が流れてしまったのだそうだ.

しかし今回,その平野さんが会場に現れ「胃の交換手術」を行うのである.
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↓赤いのが,交換前の「胃」.
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ラテックス製の胃は随分と弾力性があった.
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↓うわぁ,随分と大胆に胃を押し込んでいくよ.
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↓右の黄色いのは取り出された方の胃.素材が違うのだそうだ.
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手術の最後までは見届けなかったのだけど.
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こうして思うのは,モノを一生懸命作る人というのは,やはり美しいということ.
ってお前,何を撮りに行ってるんだよ,というツッコミは無しの方向で.
いずれもILCE-6000+(SEL1670ZF4.0,SEL30F3.5Macro), Lightroomにて現像

おっと,そうそう,もちろん帰りの電車では高橋源一郎さんの本を読んでたよ.

丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2 (朝日新書)

丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2 (朝日新書)

実質日本会議である改憲勢力が2/3を超え維新を含めた大政翼賛会化してしまった国会と,
そしてその日暮らしのごく身の回りのことしか関心を持たない
羊よりも大人しい多数の同調主義者たち(これを「羊たちの沈没」という).
ひとたびこの国でテロが起これば,
あっという間に九条の精神は不安と怒りに呑みこまれてしまうだろうし,
それにかこつけて「個人」を「人間という動物」へと格下げする,
小学生の読書感想文にも劣る,しょーもない日本会議草案に流れてしまうのだろうな.
何てことあんまり書いていると,現代版治安維持法(テロ等準備罪)に引っかかったりして.
あたらしい憲法草案のはなし

あたらしい憲法草案のはなし

  • 作者: 自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合
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  • 発売日: 2016/07/02
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砂の果実 ― 結局,僕らは何を教えているのだろう ―

そういえば昨年の秋,京都教育大学の谷口和成先生を招いて
アクティブラーニングの授業実践のFDが行われた.
www.aichi-edu.ac.jp
大学教員と同数程度の学生も参加していたという,なかなか珍しいFDだったのだが,
近年に無く鮮やかなショックを与えてくれたので記録しておこうと思った.
しかし何しろ半年前のこと,ショックだけは残っているものの内容はすっかりうろ覚え,
関係論文を見ながら再現してみよう,あの砂を噛むような感覚を.



今回の内容は中学レベルの直列・並列回路に関する「誤概念」を素材に
講義の中で「主体的・対話的な学び」を引き起す,
一つの具体的提示を行ったものだった.
ci.nii.ac.jp
中学校電気分野における電位概念の導入と学習教材の開発

クリッカーやらタブレットやらIT機器を利用して
対話的に全員参加を促す仕組みについては諸論あるところだろうが,
そういったことがショックだったわけではない.
参加学生はもちろん教員養成大学の学生であり,しかも理系が半数ぐらいいたはずだ.
そしてテーマは中学校の直列・並列.
中にはあと半年もすれば現場で実際に理科を教える者もいただろう.

講義の入り口は電圧・電流・抵抗の関係を思い出すところから.
そもそも抵抗ってなんだっけ?的な質問から始まった(のだっけ?)
「他の説明は?」と,できるだけ多様な言い方を学生らにしてもらう.
そうして出てくる答え方の数,言葉の種類から
その事象についてどこまで分かっているか,が見えるとともに,
中には間違った理解「誤概念」が現れてくることもある.
そうそう,この「誤概念」を一つのツールとして利用するのはオオアリだなぁ,
とそのとき思ったのだった.比較的多くの学生が間違って理解していること,
それをネタに学生同士で議論させると自然に対話的・主体的な学びになりやすい.
「よく分かっているつもり」だったことが違っていたら必死になるだろうし,
あるいはこの議論の中で,なぜ相手がそういう誤解をするのだろうか,
どう考えるとそういった誤答になるのか,という想像力は
まさに教員として現場に立つ者達にとって最重要な力だろうと思うわけだ.

そんなこんなで電流・電圧・抵抗を思い出させ,
対話的に電流と電圧の関係のグラフをタブレットに描かせて
結果一覧をスクリーンに映したりしていた(のだっけ?)
何にしても少し時間を掛けて電圧と電流の比例関係であるオームの法則
   E=IR
に落ち着くところまで進む.
つまりこうして一度きちんと準備しておいたのである.
このとき確か「抵抗とは電流の流れにくさを表す」という言葉を
受講者側から引き出していたと記憶している.

さて問題はここからだ.
(学生の反応が問題だ,と言いたかったのだが,
 こちらも提示された問題がどんなものだったか再現できなくなっていることに
 こうして書きながら気付いたので二重の意味で問題なのだ.)

電球(それは抵抗の一種)のある適当な回路を見せて
直列か並列かを議論する場があり,アヤシイ解答をするグループがあったものの
まだ頷ける範囲の間違え方だった(ように記憶している).
ただ,どの問いに対しても学生の解答を一覧で示し学生同士で議論させるのみで,
正解を言う,といった場面はあえて作っていなかった.
そして同等な電球の並列つなぎは同じ明るさだったよね,といったことを復習してから,
「誤概念」が最もよくあらわれる問題を提示した.
A,B,Cの豆電球を明るい順に並べよ(ただこの問題は後付け.もっと違った気がする).
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きっと習いたての中学生なら高確率で正解を言う問題(のはず)だ.
(もちろん乾電池と電球はどれも同等だとする.)

さてすぐに映し出される解答の集計を見ると,これがかなりばらつくことが分かる.
そこでそれぞれのグループにそう考えた理由を尋ねると,
見事に「誤概念」に基づく説明が出てくる.
いわゆる教科書にも援用されている水流モデルを用いて
枝分かれがあるような並列つなぎでは「電流が分かれるので」
並列つなぎでは電球が暗くなる,というものだ(実際はA=C>Bとなる).
もちろんその講義では正解を示す,などといった野暮なことはしない.

では自分の考えが正しいことを周りに説明し説得しよう,という時間が設けられる.
先ほど私たちは電圧と電流の比例関係
   E=IR
を確認したところだったね,と付け加えて.
やがて各グループからそれぞれの説明が発言されるのだが,
そこからはこの水流モデルに基づく誤解がかなり強力なのだということが窺える.
おっと,忘れてはいけないのはこの場には物理専攻を中心とする理系がかなり居たこと.
にも拘らず,元となる関係 E=IR に基づいた説明がなかなかなされない.
(もうこの時点で理科の先生方は学生らの反応を見て頭を抱えていたのだが.)
そして私が,そしておそらくそこに居られた理系の先生方全てが,
最もショックを受ける瞬間が訪れたのだった.

或る理系グループから
「並列回路の合成抵抗を計算するとAの抵抗の半分になるので,全体の電流はAの2倍になり,
それが枝分かれするので電球Cに流れる電流はAに流れる電流と等しく,だから同じ明るさになる」

といった説明が出る.この時点で理系教員全員が
「いやいやいや,そうではなくって」というツッコミを内心でしていた矢先に,
頭を抱えるある数学の学生.
「お,君は今なぜ頭を抱えた?」と谷口氏が尋ねると,
「合成抵抗という考え方をすっかり忘れていたことにショックを受けました.」
との返答.もう,ここにきて我々教員,全員ツッコんでいた.
「そこかよ!」

「え,合成抵抗の考えを使って答えて何がいけないの?」
と思う学生もいることだろう.説明が間違っているわけではない.
だが,概念を十分理解した上での解答だとはとても思えない.
たとえて言うならこの解答は,「2^33^2ではどちらが大きいか」という問いに,
「それぞれの常用対数を取ると
\log_{10}2^3=3\log_{10}2\fallingdotseq3\times0.3010=0.9030
\log_{10}3^2=2\log_{10}3\fallingdotseq2\times0.4771=0.9542となり,
\log_{10}2^3<\log_{10}3^2が分かるから2^3<3^2である.」
と答えているようなものなのだ.
そんなことせずとも,直接2^3=8<9=3^2が分かるよね?
つまり,電球A,Cいずれも乾電池一つ分の電圧がかかっていること,
そしてオームの法則に従って同じ量の電流が流れていることさえ分かれば良いわけだ.
先ほどの合成抵抗の考えはこの「同じ電圧がかかる」という事実から導かれることであり,
だから合成抵抗を使って答えるのは本末転倒なのだ.

常用対数を使った2^33^2の比較が滑稽だと皆が感じるのは,
2^3=2\times2\times2,3^2=3\times3 だということが十分分かっているからに他ならない.
100歩譲って少なくとも教員養成大学の理系学生なら「合成抵抗による解答」が滑稽だ,
と思えるぐらいにオームの法則を身につけているものだと思っていたのだったが,
もしかすると答えた学生も頭を抱えた学生も「すごい解答だ!」と思っているかもしれない.

講演者を含め,微妙な空気に教員全体が包まれてやがてFDは終わった.

このFDでも経験したことなのだが,どうやら「理解する」という意味自体が,
この数年で我々教員世代と学生世代で急速に違ってきているように思えてならない.
つまり学生にとっての理解とは「念仏を正しく唱えられること」のようなのである.
彼らにとってその念仏が意味するところはあまり重要でないようなのだ.


19世紀末,足し算のできる馬「賢馬ハンス」というのが世間を騒がせたそうだ.
賢馬ハンス - Wikipedia
足し算の問題を出すと,その答えの分だけ蹄で地面を叩くというのだ.
もちろん,この馬は足し算を「理解している」わけではなく,
聴衆の期待を敏感に感じて,つまり「その場の空気を巧みに読んで」反応していたに過ぎない.
聴衆はそれを見て「すごいすごい」と褒め称やしたわけだ.
しかしハンスは自分の行っていること,つまり足し算の概念を永遠に知ることは無い.
彼にとって出題者の表情の微妙な変化を読み取ることが目的の全てだからだ.


思えばセンター試験に代表される穴埋め式,選択肢式ペーパーテストといったものは
この「賢馬ハンス」を大量生産しやすい仕組みだった.
大量に過去問を収集し大量にこなせばある程度のパフォーマンスが出せる仕組みだから,
世代を経て次第にこうしたテストへの「お勉強の最適化」が行われてきたことは,
今振り返るとごく当たり前の結果だった.
当然我々教員世代もこのテストへ特化した勉強といったものを経験している.
けれども多くの私たちは「今はテスト特化モード」という意識を持って対応していたと思う.
つまりテストとは無関係の学びの形も心の中には同時に維持していたのだ.
どこかしら「たかがテストごとき社会システムに我々の知性が侵されてなるものか」
といった意地もあった気もする.
そこには「知」へのはるかな憧憬とある種の畏怖の念も存在していた.
子ども心にもそんな風に「知」に対峙できる十分な時間のあった幸せな時代だった,
ということなのかもしれない.

この国は貧しくなった.
経済的にも心理的にも,そして知性の点でも.
あるいは,時間的に貧しくなった,と言ってもいい.

3/8の朝日新聞の読者投稿欄に「読書はしないといけないの?」という,
教育学部の学生の投稿があった.
その主旨は,これまで読書をしてこなかったが特に困ることもなく,
読書が生きる上での糧になることもなく,生きる上で特段必要でもない.
だから楽器やスポーツと同じく趣味の問題なのではないか,というものだった.
「お勉強最適化」ここに極まれり,といったところだ.
www.asahi.com
(けれどこれは他人事ではなく,当大学でも本を読まない,
 正確には「読めない」学生が多い.そんな彼らもやがて教育現場に向かうわけだ.)

読書をしないことがいけないとか,お勉強最適化がいけないとか
そんなことはどれだけ言ったところで糠に釘である.
そもそもそんなことは言われて変えられるようなものではない.
けれど曲がりなりにも知性あるいは「知」に関わることになる教育学部の学生である.
この先も外発的な理由によってしか自分自身の知性に関わろうとしない態度のままで,
果たしてどれだけ子どもの知性の働きに気付けるだろうか?
どれほど真面に子どもの知性に向き合えるのだろうか?

外発的な「最適化されたお勉強」と内発的な手探りで泥臭い知の探究の対比.
それはちょうど道徳と倫理について平易な言葉で説いた池田晶子さんの言葉に似ている.

『悪いことはしてはいけないからしない』,これは道徳であり,
『悪いことはしたくないからしない』,これが倫理である.
『善いことはしなければいけないからする』,これが道徳であり,
『善いことをしたいからする』,これが倫理である.
                   池田晶子「私とは何か」

試験に最適化されたお勉強が学びの全てとなっている今の多くの学生に,
私たちは果たして何を伝えられるのだろうか.
明治開国以来,近代化を目指し直走ったこの国が行き着いた場所.
結局私たちが得たものは,砂の果実だったのだろうか.

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砂の果実

砂の果実

私とは何か さて死んだのは誰なのか

私とは何か さて死んだのは誰なのか

「森のDNA」展@ヤマザキマザック美術館

ようやく休みが取れたので,行ってきた.
新栄にこんな美術館があるの知らなかったね.
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森下友奈さんのアニメーション.
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吉田達彦さんの陶.
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鈴木春香さんの切り抜き.
幾何学的な細かい模様を切り抜いて幾層か重ねた作品.
コケ類の写真を撮ってるとこんな世界に浸れる.
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今尾泰三さんのミクスドメディア作品.
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河合真維さんの水彩.童話の挿絵のような.
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ここまでは県の芸大の若手芸術家たちの作品.

そしてこの美術館の成り立ちは,フランス美術を蒐集しはじめたことによるらしく,
アール・ヌーヴォーの家具やガラス作品が多数あった.
中でもエミール・ガレのものが沢山.
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いずれもILCE-6000+Sony E 35mm f1.8, Lightroomにて現像

もう一階上がると,18世紀から20世紀にかけての絵画が多数.けれどこちらはあえて撮らず.
ロダンの彫刻も幾つかあった.
正直なところ,これまでロダンが分からなかったのだけど,
技巧ではない,存在の重力ってものを初めて感じたのは一つの収穫だった.

「蜘蛛の糸」展@豊田市美術館

行ってきました,今年のトリエンナーレ関連最後のシリーズ.
「蜘蛛の糸」展@豊田市美術館.
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塩田千春氏の作品.
今回の展覧会のメインの作品だろう.これは撮影OKだった.
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そして氏の作品,実は以前「てくてく現代美術世界一周」でお会いしている.
tokidoki.hatenablog.jp

↓木漏れ日ならぬ「クモれ日」.
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そしてどこもかしこも黒い糸で覆われていた.
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戸谷成雄「雷神」
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で,せっかくの現代アート展でもあるのだけど,今回は殆ど撮影不可だった.
芥川の「蜘蛛の糸」をからくり時計で見せるグロテスクな作品とか,
蜘蛛の糸から連想される奇妙な世界やら,色々と面白いものがあったのだけどね.

仕方ないので,豊田市美術館の風景を.
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ここまでILCE-6000+SEL1670ZF4.0にて.

で,雰囲気の良い木漏れ日があったのでレンズをSEL35F1.8OSSに変えて.
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そうそう,1枚ぐらいリアルな蜘蛛を.これ胴体だけで5cm近くあったよ.
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あいちトリエンナーレ2016―栄最終調査1 カンパニー・ディディエ・テロン

あいちトリエンナーレも明日で終了.
本日は夜に小杉武久「MUSIC EXPANDED#1」があるのと,
名古屋市美術館でカンパニー・ディディエ・テロンによる屋外パフォーマンスがある.
色々と考えさせられることとなった小杉氏のパフォーマンスは別枠で語るとして,
まずはこのケッタイな屋外パフォーマンスを紹介.

10:30,なかなか撮影にはいい場所を確保した.
11:00,いよいよご登場.演目は「膨らんだ冒険」から「Air」.
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で,階段を降りて行って,
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なにやらひそひそ話?
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でーん.なんじゃ,このケッタイな埴輪.
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で,ダンスが始まる.あ,無音だけど.
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サービス,サービスぅ(葛城ミサト風に)
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あれ,疲れた?
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しゃがむとまた面白いフォルムになる.
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しかし暑そう.
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そしてシュールな時間は終焉を迎える,
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巨大なおしりと共に.
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およそ30分のパフォーマンス,あるいはバカバカしく見えるかもしれなくても,
突き抜ければアートになる.もちろん会場の誰もバカバカしいなんて思っていない.
大いなる喝采に包まれた.

なお,14:30から今度は長者町界隈でパフォーマンスするそうなので,
長者町会場をフラフラ.その日は長者町繊維街の祭りだった.
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何か色んなものが歩いていた.
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そして14:30をやや過ぎたころ,彼らが再び現れる.大勢に囲まれて.
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しかしもう,人だかりで全く見えないので,諦めて県美へ.
おっとその前に長者町会場で再度撮影したものを.
既に,過去記事で二回にわたり紹介してはあるけど,
改めて見るとまだまだ色んなものが見えてくる.
tokidoki.hatenablog.jp
tokidoki.hatenablog.jp

(栄N-52)寺田就子
「静かで大好きな小空間」を形にした感じで,三度訪れたお気に入り.
同様な理由で今村文さんの静謐な時間を感じる作品も好きだった.
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(栄N-49)端聡
水の循環を表現した作品だけど,よく見ると蒸発した気体は水には戻っていなかったね.
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県美の入り口には名古屋・岡崎・豊橋3会場で企画されていたJoao Modeの作品が結集.
あれ,でも塊は二つだね.
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お目当ての「MUSIC EXPANDED#1」まで三時間ほどある.
まぁ,最後にもう一度県美の作品をじっくり見よう.

(県美N-13)大巻伸嗣
10日ほど前からこの作品に足を踏み入れて良いようになった.
だからすっかり色が消えていた.あ,でもあの真っ白の柱の裏には作品があったんだね.
今回もう一度来てやっと見つけられたよ.
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(県美N-17)田島秀彦
岡崎会場では石原邸の庭を借景とした作品があったのだが,
tokidoki.hatenablog.jp
そして夏に来た時には12階の回廊は暑くてまともに見てられなかったのだが,
今回ようやくタイルをきちんと撮影できた.
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さてさて,これで今回のトリエンナーレは見納め.
最後に小杉武久「MUSIC EXPANDED#1」を体験するわけだが,
もうパフォーマンス中,そしてその後,色々思ったりしたわけだ.
その一端を言葉にするなら,
「分かってるつもりになるということは,どれほど世界を知らずに過ごすことになるのか」
ということだ.
この話は別の機会にまとめよう.

あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅

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あいちトリエンナーレ2016オフィシャルガイドブック (ぴあMOOK)

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