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The genocide of Learning(3a) - どのようにして「学び」が滅ぼされるのか

がくせい きょういく おしごと

小学校の雰囲気が好きなので,いつも基礎実習引率では附属小学校へ行くのだが,
今年はじめて附属名古屋中学校へ行ってきた.
想像外に充実した内容となった(と勝手に自分では思っている).
何より授業してくださった先生を交えての協議に十分な時間が取られていたのが良かった.
かつ,数学の学生だけでなく美術・音楽の学生と一緒に観察し協議したことが良かった.
どうしても直線的に正解を求めたがる数学の学生とは一味違い,
最終的に「表現する行為」を大切にする創造系の学生の考え方は,
(あたりまえのことかもしれないが)1年生の時点から既に違っていた.
個人的にはこうした他学科の学生の教育観を観察できたことが面白く,収穫でもあった.

彼らのレポートの引用をしたいところだが,いま手元にない.
代わりに,しつこく引用しているデシの本から.基礎実習の中で以下の話をした.
「学ぶ気持ちがどれほど繊細で壊れやすいものであるか」ということを
やがて教壇に立つ学生らに,是非とも知っておいて欲しい事実だと思ったからだ.
何より私自身,このことをここ数年身を持って体験している最中だ.
大学入りたての頃には学習に前向きでイキイキとした学生たちが,
2年の後期には死んだ魚のような目をしているのであるから.

内発的動機づけの概念によって,幼児の活動にみられる現象を理解できるわけだが,この内発的動機づけが見たところもろいのが非常に気にかかるところである.そしてこの見かけのもろさが,子どもが年長になるとなぜ学習への内発的動機づけがなくなってしまうのか,という先程からの問いと直接関連している.私は1969年にこの問題に思い至って,次のような―たしかに不敵な―考えがひらめいた.学校では子どもたちを動機づけるためにあらゆる種類の報酬や規則や管理が広範に利用されているが,実はこのようなやり方自体が悪者なのであり,それは学習のワクワクするような気持ちを促すどころか,逆に子どもたちを無気力で惨めな状態におとしめてしまうのではないか.
デシ&フラスト「人を伸ばす力」p28

こうしたアイディアの下,デシらは事実確認をするための心理実験を
この後繰り返し行うことになる.中でもソマパズルを使った実験は有名のようだ.
ソマパズルとはちょうどその実験が行われたころに発売されたパズルで,
各ピースは7つのキューブがくっついた形をしており,
それらを組み合わせて指定される形に組み上げるというもの.
被験者に実験前にやってもらったところこのパズルが面白いと実感していた

さて,実験はこの後2グループに分かれて行われる.
1グループはとにかくただ与えられた課題を解いてもらうのに対し,
もう1グループは課題をクリアーするたびに報酬を1ドル受け取る,というものだ.
つまり,内発的動機づけ(この場合ソマパズルを解きたいという気持ち)が,
報酬の有無でどのように変化するか,という実験だ.
ただ,内発的動機付けをどのように測定するかが問われるところだが,
この実験では以下のような巧妙な方法で行われた.

  1. 初めに被験者らには30分ほどソマパズルに真剣に取り組んでもらう.そこには実験者もいる.
  2. その後,実験が終わったことを告げ,質問紙の印刷をすると言って実験者は部屋を出ていく.被験者はその間自由時間となり,そこにある新聞雑誌を読んでも,ただぼーっとしていても良い.
  3. 8分後,実験者が質問紙を持って戻ってくる.

これだけのことだが,実は実験者が部屋を出てからの被験者の行動が最も知りたいことだ.
つまり自由時間にも拘らず被験者がソマパズルを続けたのなら,
彼らは内発的に動機づけられてパズルをしたことになる.

実験の結果,パズルを解くことに対して金銭的報酬を支払われた学生は,「楽しむことだけ」を目的として自由時間をパズルに費やすことはずっと少なかった.つまり,報酬の支払いがなければ,パズル解きという活動もなくなってしまったのである.彼らは最初,報酬なしでも喜んでパズルに取り組んでいたのに,いったん報酬が支払われると,あたかも彼らはお金のためにパズルをやっているかのようにみえた.金銭という報酬が導入されたとたんに学生たちは報酬に依存するようになったのである.これまではパズルを解くこと自体が楽しいと感じていたのにもかかわらず,パズルを解くことは報酬を得るための手段にすぎないと考えるように変わってしまったのである.報酬が内発的動機づけを低下させるというこの結果は,常識を揺さぶる,しかし科学的な見地からは大変刺激的な結果であった
デシ&フラスト「人を伸ばす力」p32

さて,この実験結果を
「パズル→授業あるいは学習内容」「報酬→単位あるいは成績」
と読み替えると,何が言いたいのか分かっていただけるだろうか.
成績や単位を盾とした講義デザインは間違っている,
むしろ成績をできるだけ意識させないデザインを行うべきだ,
と随所*1で述べてきたが,これがまた伝わらない人には全く伝わらない.

もっともこの議論,講義そのものが学生にとってソマパズルのように
内発的に動機づけられるものでないと始まらないともいえる.
まぁ,そこが何より難しく,だからいつも試行錯誤でバタバタするわけだ.


と,この記事を書いていたら,もっと分かりやすく説明されているページを見つけた↓

ついでに,過去記事も.

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

*1:例えば,自律的学びへのい誘(いざな)い ― 初年次導入教育でのある試み イプシロン vol.55,pp.53-65,2013,あるいは初年次導入教育の可能性 ― ある数学教員の夢想 ―パイディアvol.11,2012/03/31,2012