そこから取るものを取って仕事を終えた「解体者」たちは,
言葉もなくさっさと立ち去る.
内臓をすべて取りつくされ,開腹されたまま手術台の上に放置された,
かつてルースと呼ばれた体.
その体を覆う真っ白な滅菌ドレープからは二筋の赤い雫が音もなく床へと流れ落ちる.
心停止を告げるピーという無機質な音以外,何もない.
前期入試採点が終わり,出版社への原稿も書き終えて,
ちょっと前に買っておいた映画"Never Let Me Go"を観た.
もちろん今シーズンのドラマの影響だ.
その映画中の何とも切なくかつ後味の悪く,そして鮮烈な印象を残したシーンを
自分なりに文章にしてみたのが冒頭のものだ.
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作者 Kazuo Ishiguro の意図は敢えて問わないで自由に考えてみる.
二筋の赤い雫は涙,全身で,全身が泣いているのだ.
そして,無機質な機械音は終了を意味すると同時に,
もっと生きていたかった,という悲痛な訴えにも聞こえる.
一体どんな理屈で人間はクローンから臓器を摘出できるのだろう?
生物学的には人間と全く同じであるクローンの命を二の次にできるのはなぜ?
映画中ではクローンの彼ら目線で進むから,
彼らをモノとして扱う外の人間,つまり普通の人間たちの方こそ非人間的に見える.
そもそも我々人類は元来他の生物を都合の良いように利用して生き延びてきた.
食べるための家畜・養殖や医学薬学の為の動物実験.
これらはしかしかろうじて我々と同一種族でない,
いわゆる「しゃべらない」生き物だからこそ彼らを利用することに抵抗が少ないのだろう.
けれどもこれが生物学的には人間であるクローンとなると,
本当は悩むはずのことだ.それを映画ではクリアしてしまっている.
「クローンだから,コピーだから」か.
こうした「造られた者」たちの哀しみは度々作品になってきた.
「ブレードランナー」はその代表作だろう.
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しかし振り返ると我々人類は,人間同士であっても同じような「利用」を行ってきた.
異民族間や異人種間の奴隷制度はまさに人間をモノとして利用する行為だった.
そしてこれは世界中のあらゆる場所,時代で行われてきた.
そう考えると,案外人間が人間らしくある状態というのは難しいことなのかもしれない.
人はいとも簡単に非人間的に成れる.
それはあの「夜と霧」にある,おぞましいアウシュビッツの記述を読めばよく分かろう.
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生き残るためには,生き延びるためには,人は,あなたも私も,
簡単に人間を止め得る,そんな生き物なのだということを忘れちゃいけない.
それにしてもなぁ.クローン制度を受け入れたあの社会は,
代わりに「人間性」を放棄したということなんだろうか.
「いや,それでもまだ放棄していない」
寄宿学校ヘールシャムでの美術偏重の指導は,
あるいはそういった社会制度への細やかな抵抗だったのかもしれない.
地獄絵さながらのアウシュビッツで,なお人間的であろうとした
数少ない名も無き人たちのように.
人が強制収容所の人間から一切をとり得るかもしれない,しかしたった一つのもの,
すなわち与えられた事態にある態度をとる人間の最後の自由,
を奪い去ることはできない.
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