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残念な国(10-a)―静かなクーデターとレジスタンス

先のトルコの軍事クーデター未遂はさすがにヒヤリとした.
トルコは(不謹慎を承知で言えば)対ISの最前線の砦だからだ.
もっとも,そもそもトルコは軍が建国しており,政局や治安が不安定になると
軍がクーデターを起こして正常に戻すといったことの行われてきた国だ.
戦前の日本のように軍部の暴走によって戦争へひた走るのとは質的に違う.
実際,世俗主義を心情とするトルコ軍は政教分離を訴える組織であり,
この度のクーデターはエルドアン政権による独裁化と極度なイスラム化への警鐘を
軍が鳴らしたという構図になるそうだ.
ただ今回は"困ったときの正義の味方"として民衆から愛されているはずの軍が,
旧態依然の暴力的な行動で政権を倒そうとしたことに対し,
十分に民主化して育った市民らの反感を買って成功しなかった,ということらしい.
自分たちの頭で考え行動し,政権側にも軍側にもつかなかった,
民主主義の下で十分に成熟したトルコ市民が,どこか頼もしく,羨ましく感じられた.


さて,しかし話題にしたいのは,この目に見える他国のクーデターのことではない.
この国でこの夏に起こった,静かなクーデターとレジスタンスについてだ.

一つ目はもちろん,ついに改憲に手の届く状態となった,この7月の参院選だ.
いや正確にはこれが最後の仕上げ,と言ったほうが良かろう.
現行憲法を「アメリカの押し付け憲法」と憎むとともに,
あの大日本帝国の復活を心から願う政治思想団体「日本会議」が,
ほぼ敗戦直後から70年という長い時間をかけてできるだけ目立たぬよう企ててきたこと,
つまり,アメリカ的なリベラルな,
「場の空気」から独立して個人が個人として考えることの許される
民主主義・個人主義の転覆がついに実現間近となったのだ.
国会議員のおよそ4割が「日本会議」関係者,
おまけに首相はその特別顧問である,という事実は,
現国会が国民の代表者達からなるものではないという異常事態を明示している.
(国民の4割が「日本会議」関係者とでも云うのだろうか?)
tokidoki.hatenablog.jp

まだ国民投票があるじゃないか,というだろうが,
大衆ではなく先のトルコのような成熟した市民が育たなかったこの国で,
どれだけの国民が一時の感情や場の空気や私的損得勘定から離れて,
この国,あるいは人の在り方を俯瞰して憲法を議論できると云うのだろう.
憲法という国の根幹を成す物を,現在という極短期間のスパンだけでなく,
歴史を振り返り遠く未来を仰ぎ見て,また世界におけるこの国の在り方を,
じっくりと丁寧に考え議論を進めていく風土がどこにあるというのだろう.

明治憲法が発布されたとき,福沢諭吉はこんなことを言ったそうだ.
そうして130年経った今,日本国民はどれほど成長できたのだろうか.

そもそも西洋諸国に行わるる国会の起源またはその沿革を尋ぬるに,
政府と人民相対し,人民の知力ようやく増進して君上の圧制を厭い,
またこれに抵抗すべき実力を生じ,
いやしくも政府をして民心を得さる限りは内治外交ともに意のごとくならざるより,
やむを得ずして次第次第に政権を分与したることなれども,
今の日本にはかかる人民あることなし.

tokidoki.hatenablog.jp

多くの人びとには真に戦うべき相手「戦前の亡霊」が見えていない.
しかし,その亡霊たちの足音は確かに近づいている.
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明治憲法が作られようとした頃,市井の人々も真剣に憲法を作ろうとした.
五日市憲法草案に代表される民間の草案が幾つも作られたのだそうだ.
その辺りの話を丁度,皇后陛下が語られているので引用しよう.

5月の憲法記念日をはさみ,今年は憲法をめぐり,
例年に増して盛んな論議が取り交わされていたように感じます.
主に新聞紙上でこうした論議に触れながら,かつて,あきる野市の五日市を訪れた時,
郷土館で見せて頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました.
明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,
地域の小学校の教員,地主や農民が,寄り合い,討議を重ねて書き上げた民間の憲法草案で,
基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務,法の下の平等,
更に言論の自由,信教の自由など,204条が書かれており,
地方自治権等についても記されています.
当時これに類する民間の憲法草案が,日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと聞きましたが,
近代日本の黎明期に生きた人々の,政治参加への強い意欲や,
自国の未来にかけた熱い願いに触れ,深い感銘を覚えたことでした.
長い鎖国を経た19世紀末の日本で,
市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして,
世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います.
皇后陛下お誕生日に際し(平成25年) - 宮内庁

いわば「日本会議」によるアメリカ的民主主義・個人主義に対抗する
非常に長い時間をかけたクーデターが今回の参院選で実現したわけだが,
一方でその参院選直後に,静かなレジスタンスがあった.
天皇陛下が「生前退位の御意志を表明された」ことだ.
なぜこのタイミングでこのニュースなのだろうと色々引っかかったのだが,
実質的な権力を握っている「日本会議」が目指す,
「天皇の現人神(あらひとがみ)化」への強い抵抗を表している,
それも改憲発議が可能となった今こそ示しておかねば,というメッセージだという見方があるそうだ.
戦後,象徴としての天皇の役割を一身に引き受け徹せられてきた今上天皇が,
あくまでも天皇は「神」ではなく役割に過ぎないのだ,ということを
改めて世に示そうとしているのだ,と.
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近年とみに太平洋戦争の激戦地へ赴かれ慰霊されるお姿は,
風化していくこの国による先の大過へ国民をもう一度振り向かせるとともに,
政治的発言が許されない陛下が象徴としての役割をフルに活用した,
この国の行く末を担う者たちへのメッセージに他ならない.
その背中でもって「日本会議」による「戦前回帰」への静かな抵抗を
他ならぬ陛下御自身がされているのである.
courrier.jp

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