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不完全燃焼なんだろっ

そうなんだろっ,そうなんだろっ♪(石川智晶風に)


何がって,今年の卒論だ.
彼らには悪いのだが,どう控えめに見ても
未だかつてないほど浅く,薄く,低かった.
発表前1週間は心配でよく眠れず,終わったら眠れると思いきや,
今度は悔しすぎて眠れない.改めて明らかに大失敗であった.
そしてこれだけ達成感のない,不満だけが残った指導も初めてだった.


一体,どこで間違えたのか?
死んでいる場合ではなく,この過ちを即次年度以降に生かさねば
このあとに続くゼミ生も,私自身も,そして彼ら本人も浮かばれない.

  • 低い方へ同化していった

今回の4年は同学年中等の仲の良いグループで集まった.
が,それは同時に異質なものを排除する雰囲気でもあった.
昨年,彼らが3年だったときに見せた,
4年発表プレ練習会での彼らの反応(2011/02/11 宴の後)から気になっていたが,
あの真剣な先輩の戦いを眼前にしながらなぜヘラヘラ笑っていられるのか不思議だった.
今思えば外界に目を向けない閉鎖的雰囲気の「賜物」だったのだろう.
そしてより低い方へ全体が同化していった.

  • 認められなかった,そして諦めた

5代目ゼミ生が良すぎたのかもしれない.
あの代は一人ひとりが自分の力で戦えた.
いや,これまでのどの代も,気づいたら彼らは独りで戦っていた.
振り返るとこれまでどの代でもいわゆる「大人」がいた.
どこか「知」に対して畏敬の念を持って接するゼミ生が多かった.
その意味でもこの6代目は幼かった.
結局のところ,「算数ドリル」から成長できなかった.
「答えが出て,合ってたらそれでおしまい.」だ.
その先に,もっと広く深く,そして美しい海が拡がっているのに,
リゾート気分で渚に寝そべっただけで終わってしまった.
そんな批判をしてる間に,もっと彼らを刺激し高みへ運べばイイじゃないか,
と言われるだろう.もっともなのだ.当初は確かに試みていた.
だが,あれこれ提示する度,
「はぁ?わけわからん!」
とゼミ生にキレられたのでは,やはりこちらも萎えるというものだ.
何より
分からないことへの耐性が弱すぎる
すぐに答えを手に入れたがる,コピペすればおしまい.
学習への報酬としての「テストの点数」が如何に学ぶ意欲を失わせるのか
それが非常によく分かる典型的な例だった.

  • しかし卒論は書かねばならない.だから過干渉が始まった

では「知」への関心が薄い彼らをどう運べばいいのか?
ぐずぐずしているとすぐに副免実習と教採だ.そして気付けば秋風が吹く季節.
おまけに,ゼミに来ない者2名.こちらにも気が取られる.
もちろん,前期からちょっとずつネタを進めていたゼミ生もいたのだが,
遅々として進まず,ついついアイディアを出してしまう場面が増え,
やがて小さなことでも自己判断で進めず,異常にこちらに依存する体質に変わっていった.
あるいは,ある程度答えが出てしまってそれ以上自ら深入りしようしなかった者,
何時まで経っても自分でネタを決められなかった者.
気付けば自分の足で歩いて研究し,結果をまとめあげられる者がいなくなってしまった.
ゼミ全体が次第に追い詰められていった.
過干渉な親からは何も出来ない子どもができあがる.
彼らはもはや自分の知的探求のためでなく,
ゼミの指導員である私からのOKをもらうために手を動かしているようだった.
そこからは何も生まれない.

  • そして最も成りたくない姿に成り果てた

気づいたら,最も成りたくない教員の姿に,私は成ってしまっていた.
何より足りなかったのは,彼らを認めること.
認めるに値するものをもっと早期に見つけるべきだった.
そして歩みが遅くても待つ「忍耐」と,干渉ではなく「突き放し」が必要だった.
ゼミに来ない学生をどう惹きつけるのか,も今後の頭の痛い課題だ.
いや,ほんとうの意味で数学が面白い,と感じられる環境に誘えるのであれば,
ゼミに来なくても学生は自分で育っていく.
現にゼミに来なくても立派なものを書いたゼミ生がいたのも確かだからだ.



私はあくまで彼ら学生と数学を結ぶ触媒でありたい.
そして決してそれ以上になってはいけないのだ.


一人でも多く「算数ドリル」から脱却して卒業していって欲しい.
そして現場で先生が
「大学の数学は全く現場では役に立たない.」
「すべて忘れて,一から学び直してくれ」
などと豪語していたら,
「要するに,先生は『数学すること』が分かっていないのですね」
と一喝できるほどの者に育っていってくれたなら,この国は本気で変わる.


遥かなる願いである.


でも,まぁ,なにはともあれ打ち上げ!(いろんな意味で)