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数学と音楽と教育と遊び

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だから数学は詩,永遠の真理を語る最も簡潔な言葉.

すうがく がくせい きょういく

年々,特に初等の学生の元気がなくなってきている.
かつてあった,初等特有の快活さが,少なくとも,数学の講義において.
特に色が変わった感覚があるのは,現在の3年生以下からだ.
何か,おかしい.
数学嫌いになって大学を卒業していく学生が
現在進行形で量産されている気がしてならない.近年,ますます.


成績(単位)を道具とした締め付けぐらい,純粋に学ぶ意欲を学生から失わせる方法はない
と私は思う.そうすることがどれくらい「効果的」か,眼前の学生を見れば一目瞭然だ.
荒れ狂う風雨(数学の講義)を何とかやり過ごそうと,
ひっそりと叢に身を隠す小動物を想像してしまう.
そんな嵐が半年でも続けば,数学を学ぶ意欲をごっそり根こそぎ彼らから奪うことができる.
本来ならば,おそらく一生のうちで最も自由に貪欲に,
そしてのびのびと学ぶ機会が与えられているのが大学時代だ.
そんな貴重な機会をせっせと単位と成績を集める作業に費やすよう向かわせてしまっている.
もはやこれは,教育ではない.


だが,我々数学をやっている人間はみな,数学がいかに美しいか知っている.
それは永遠の真理(≠真実)を最も雄弁にかつ簡潔に語る言葉だ.
そのこころに,ちょっとでも多くの学生が触れて現場に向かってくれれば,
そう私は願って講義に,そして卒論指導に向かっている.
教育現場に向かう彼らにそう働きかけることが,この国を再生する最も効果的な方法だからだ.
少なくとも私はそう信じている.


何かが起こりつつある.
だが,まだそれを語ることができない.

近年,教育において,実利的な面が強調され,精神の豊かさということが
軽視されるようになったのは真に嘆かわしい. 「2次方程式など学校を卒業
した後, 一度も役に立ったことがない」と言う似非文化人がいるが,それは
「学校で詩を習ったけれど結局一生何の役にも立たなかった」と言うのと同
じ位馬鹿げているのである.そういう馬鹿なことを言う人がいるから数学者
もつい「数論のような一見何の役にも立たない数学が暗号の作成・解読に
必要なのである」(それは事実であるが)などと口走ってしまう.しかし,
それは数論を研究する理由からは程遠い.音楽がないと映画も作れないが,
そのために音楽があるのではないことは誰でも知っているが,数学は科学・
工学などで役に立つ面があるため,元来の精神生活を豊かにするという面が
忘れられがちである.数学の教育は公式を押しつけ,短時間に多くの問題を
解かせるのではなく,数学がどのようにして進歩してきたかという楽しさを
感じさせることが大切である.数学の先生になる人は数学史の本をいろいろ
読んでいただきたい.


小林昭七「円の数学」序文より